Amanda Freeman & Lisa Dodson著「Getting Me Cheap: How Low-Wage Work Traps Women and Girls in Poverty」
アメリカにおける女性の貧困についての本。著者は社会学者の師弟(師妹?)コンビで、全国各地で何百人もの女性たちに取材し、彼女たちの生の声を通して多くの女性が貧困を抜け出せない構造的な問題をこれでもかと描き出す。
多くの貧しい女性たちにとって困難は子ども時代にはじまる。シングルマザーに育てられるなど経済的な余裕がなく不規則な仕事などのため親が不在になることも多い家庭で育った子どもたちは、親から十分なケアやアテンションを受けることができないことが多いだけでなく、とくに女の子は幼いうちから母親に替わって弟や妹の世話をしたり、障害があったり高齢の家族のケアやその他の家事労働を任されることが多い。
母親がよその(より裕福な)家庭の子どもや障害者や高齢者のケアをして収入を得るためには家庭内でのケア労働を娘が担当するほかなく、その結果多くの女の子たちは課外活動どころか宿題や予習復習をする時間を失い、成績を落としていく。大学への進学は彼女たちが貧困から抜け出す手段となるはずで、男の子なら多少無理をしてでも進学を応援してもらえることがあるが、女の子たちは自分の将来よりも家族のために就職して家計に貢献する責任を負わされる。
貧しい女性たちが得られる仕事はケア労働のほかにはサービス業が多く、それらの仕事では雇い主側の都合で直前になってシフトをキャンセルされたり、あるいは突然仕事に出てくるよう要求されることが多々ある。シングルマザーの労働者はクビになることを恐れてそうした要求にできる限り応えようとするけれども、幼い子どもがいる場合、子どもの世話を任せられる人が見つからなければ対応できないし、子どもが急病になった時などどうしても仕事に出られなくなることも多い。そのため彼女たちは常になにか一つのアクシデントがあれば解雇され収入を絶たれる危険に晒されている。
地域によっては託児所の助成制度も存在するが、それを受けるためには自分の収入額が一定の枠内であるを証明する必要があるが、彼女たちをケア労働者として雇う裕福な家庭は多くの場合彼女たちに現金払いしており、記録に残らない。また雇用者の都合で労働時間が大きく変化するため、週ごとに収入に波があり、政府の助成制度はそのような波があることを想定していないため、ある週に限ってうっかり働きすぎたせいで助成金を打ち切られることも。さらに政府からの助成金は親ではなく託児所に直接支払われるが、助成金を受け取るための書類や記録が面倒であるばかりか、政府の助成を受けることができるような家庭は収入が不安定で助成金がカバーしない費用を払えなくなることも多く、助成制度の適用を託児所に拒否されることも少なくない。そもそもそうした託児所の多くが彼女たちと同じような貧しい女性たちが自分の子どもを育てるのと同時にほかの家庭の子どもを受け入れて収入を得ようとして設立した小規模なもので、助成金を受け取るために複雑な書類を管理したり、支払いが滞りがちな貧しい親に配慮するほどの余裕がない。
彼女たちが大学に進学するために頼れるはずの奨学金制度も同じく大きな欠陥を抱えている。連邦政府による共通奨学金申し込みの書類では、どれだけの奨学金や学生ローンを支給するか決めるために、学生の親にどれだけの財力があるのか、どれだけ支援を見込めるのかについて詳しく質問されるが、つい最近まで学生自信が子どもを育てているかどうかは想定すらされていなかった。また学生ローンでは授業料のほか学生本人の生活費も支給の対象となるが、大学に通っているあいだにかかる子どもの養育費については考慮されていない。そればかりか、シングルマザーの学生は「大学に行くためではなく生活費目当てで学生ローンに応募しているのでは」という疑いの目を向けられ、養育費を稼ぎ子どもを育てながら大学に通っているにも関わらずほかの学生と同じ年数で卒業しなければローンを打ち切られる。
2020年に発生した世界的なコロナウイルス・パンデミックはもちろん、子どもたちの通う学校や障害者や高齢者のケア施設が閉鎖され家庭内ケアの必要性が高まるなか、普段からケア労働を強いられてきた女性や女の子たちの負担がさらに拡大した。それは貧しい家庭に限った話ではなく、裕福な家庭でもリモートワークが一般化したのに加え他人を家に迎え入れることが感染のリスクを高めるとされたため、家庭内でケアを充当することが増え、それらの家庭でケア労働をするために雇われていた人たちの多くが失業した。彼女たちの労働が必要とされている限りにおいて彼女たちは雇い主たちによって「家族の一員」と呼ばれたが、いざ不興を買ったり不必要になるとなんの保障も権利もなく突然解雇される。
これまでにも女性が家の内外で担当する感情労働・ケア労働についてはRose Hackman著「Emotional Labor: The Invisible Work Shaping Our Lives and How to Claim Our Power」、なかでも特にナニーとして働く移民女性についてはElizabeth Cummins Muñoz著「Mothercoin: The Stories of Immigrant Nannies」などを紹介してきたが、本書はより広く「女性の貧困」が代々受け継がれている構造や、政府による支援策が彼女たちの実体験をもとに設計されていないため失敗に終わっている様子を指摘している。女性の貧困や福祉制度について考えるうえで必読。