Treva B. Lindsey著「America, Goddam: Violence, Black Women, and the Struggle for Justice」
黒人女性にさまざまな形で生き難い生や死をもたらす暴力についての本。著者はブラックフェミニズムを専門とするオハイオ州立大学の黒人女性研究者で、個人的に経験したり目撃した暴力とほかの黒人女性や黒人トランス・ノンバイナリーの人たちが経験している暴力の話を融合させ、いかに黒人女性の生活と命が軽んじられているか説得力をもって指摘する。
わたし自身、警察による暴力や性暴力に対抗する(本書にも引用・紹介されている)黒人女性フェミニストたちと一緒に活動することは多いし、Tarana Burke著「Unbound: My Story of Liberation and the Birth of the Me Too Movement」やMoya Bailey著「Misogynoir Transformed: Black Women’s Digital Resistance」など黒人女性たちが自分たちに向けられた暴力について書いている本も多数読んでいるので、読む前は正直今さら感があったのだけれど、トランスやノンバイナリーや障害者に対する暴力、貧困やホームレスネス、医療格差、性労働など必要なポイントをきちんと丁寧に抑えつつ著者の怒りがストレートに伝わる文体に強く共感した。
タイトルはR&Bやジャズ、ブルースなどさまざまなジャンルで活躍した黒人女性ミュージシャン・ニーナ・シモンが1964年に発表した曲「Mississippi, Goddam」へのオマージュ。楽しげなショー・チューン的な音楽に乗せてシモンが歌ったのは、直前にミシシッピ州で起きた公民権活動家メドガー・エヴァンズの暗殺とアラバマ州で起きたKKKによる黒人教会の爆破事件(アディー・メイ・コリンズ、シンシア・ウェスリー、キャロル・ロバートソン、キャロル・デニス・マクネアの4人の黒人の少女たちが死亡)、そしてそんな状況にあっても「変化はゆっくり起きるからもう少し冷静になってじっくり待て」と押し付ける白人リベラルに対する直球の怒りだ。最近妊娠中絶を厳しく制限するミシシッピ州法をめぐる裁判が最高裁に持ち込まれ妊娠中絶の権利を否定する判決が出た際、多くの人たちがまたこの曲を流して抗議した。そんなレジェンド級の名曲を自著のタイトルに掲げるなんてわたしなら恐ろしくてとてもできないけど、この本は見事に自分で上げまくった期待値をちゃんと超えてきている。すごい。
警察に殺された黒人女性といえば、2020年に睡眠中に自宅になんの警告もなく突入してきた警察に射殺されたブリオナ・テイラーさんや、交通違反で停車させられた際に警察を撮影しつつ自分の法的権利を主張したせいで報復的に暴力を振るわれ逮捕され、留置所内で「自殺した」とされるサンドラ・ブランドさんが有名だが、著者は彼女たちのケースが注目を集めたのは特殊だけれど、彼女たちが経験した暴力はごく一般的なもので、同じ時期に他にも多数の黒人女性たちが似たような暴力を受けて殺されていることを指摘する。そのなかには、直接的な暴力によって殺された人だけでなく、留置所に入れられて必要な医療や薬を(必要だと警察も知っていたのに)与えられず亡くなった例も多く、深刻な病状で飲食もできないほど弱っていたのに放置されたため脱水症で亡くなった人もいる。
また性暴力やドメスティックバイオレンスについての章では、黒人女性に対する暴力の加害者の多くが顔見知りの黒人男性であり、周囲の人たちだけでなく被害を受けた黒人女性たち自身までもが加害者の黒人男性が警察によって殺害されたり不当な暴力を受けることを恐れるあまり、黒人女性の安全と命を後回しにしてしまっていると指摘する。警察による黒人への暴力という際に多くの人は黒人シス男性の被害しか考えず警察の暴力を受けている黒人女性たちは忘れ去られているし、黒人男性に対する警察の暴力を懸念するあまり黒人男性による黒人女性やトランス・ノンバイナリーの人たちに対する暴力が見過ごされている。さらに黒人男性が刑務所に入れられるなど処罰された場合、それによって世帯収入が激減して貧困に苦しんだり住居を失うのも黒人女性と子どもたちだ。このように黒人女性は何重にも制度的な暴力と個人間の暴力に晒されている。
ほかにも医療や貧困の暴力など黒人女性が経験するさまざまな暴力について丁寧に取り上げられており、こんな短い紹介文を読んで分かった気にならないで英語読めるならちゃんと全部読んで。最終章はオードリー・ロードの詩を引用して「わたしたちの生存は意図されていない」からマリアム・カバが提唱する「規律としての希望」やアサタ・シャクールの「責務としての闘争と勝利」に繋げるブラックフェミニズム・オールスターズ。ニーナ・シモンの名曲も含めこれだけ有名な言葉ばかり連発すると下手したら白けるんだけど、そこにたどり着くまでの著者の静かな怒りがリアルだから痺れた。まさにアメリカ・ガッデムだ。