Tina Nguyen著「The MAGA Diaries: My Surreal Adventures Inside the Right-Wing (And How I Got Out)」

The MAGA Diaries

Tina Nguyen著「The MAGA Diaries: My Surreal Adventures Inside the Right-Wing (And How I Got Out)

オバマが大統領に当選した2008年から数年のあいだ、まだ「MAGA」(Make America Great Again)と呼ばれる前の右派運動のなかで活動してきた若いヴェトナム系アメリカ人女性のジャーナリストがその内部で見聞きしてきたことを綴った自叙伝。

著者の両親はヴェトナムからの難民で、娘の教育に熱心な典型的な移民家庭。のちにトランプ周辺で暗躍することになったボーイフレンドの影響で著者は、保守系シンクタンクとの影響が深いクレアモント・マケナ大学に進学、リバタリアンの政治思想を学ぶとともに、排外主義的・権威主義的な傾向を強めつつあった学内外の右派運動に育てられる。当時彼女の周辺にいた人たちは、のちにブライトバートなど右派メディアで活躍した人たちや、トランプ政権で重用され2020年の大統領選挙の結果を転覆させようとした人たち。当時のボーイフレンドはピーター・ティールに近づいてかれと白人至上主義者たちとの橋渡しをした人物だし、著者が大学を出て就職したのはのちにFOX Newsで一番人気のホストとなったタッカー・カールソンの下。当初は異端でしかなかったかれらがトランプの登場とともに共和党の中で主流になっていったときに、著者はその渦中で支持者を煽る記事を量産していた。

そうした彼女が右派運動から離れたのは、右派運動の宣伝係ではなく本当のジャーナリストになりたかった彼女にとって納得できる仕事が与えられなかったから、という要因が大きいように見えるのだけれど、履歴書からタッカー・カールソン関連の職歴を削除してなんとか普通のメディアに就職したものの、彼女が実感していた共和党・保守運動の極右化について取り上げようとしても「そんな異端の話誰も興味ない」と却下されるばかり。ところが既存メディア関係者の大半の予想を裏切ってトランプが当選すると、トランプ政権で力を持つようになった右派活動家たちと個人的な面識がありかれらの活動に詳しい著者の右派専門家としての価値が爆上がりする。右派運動の内幕について報じる著者はかつての仲間たちから裏切り者呼ばわりもされたけれども、しかし彼女は主流メディア上層部に期待されるように右派活動かたちをファシストとして一方的に叩くような単純化した扱いを拒み、右派のさまざまな考え方がどのような価値観や認識に基づいているのか丁寧に説明する。それでもまあ恨まれるのは避けられないけど。

本書がおもしろいのは、右派運動が自分たちにシンパシーを感じる若者たちを積極的に受け入れ、著名な指導者たちと直接会わせたりアドバイスをするのに対し、リベラルの側には若者が勝手に支持してくるのに任せてかれらを育てようとしないことを指摘している点。保守派の若者運動について書かれたKyle Spencer著「Raising Them Right: The Untold Story of America’s Ultraconservative Youth Movement and Its Plot for Power」にも同じように、右派運動は長期的な視野に立ちお金をかけて若者たちにさまざまな機会を与えて育成しようとしているのに対してリベラルはそんなことはしていない。右派運動に育てられた著者は、てっきりリベラルも当然同じようにして次世代の指導者を育成しているものだと思っていたけれど、実際にはそうした仕組みが存在しないことに驚いたと書いている。本書では軽く触れられているだけで詳しく説明はされていないのだけれど、Meaghan Winter著「All Politics Is Local: Why Progressives Must Fight for the States」にも書かれているようにこれにはリベラル系の運動に一番お金を出しているジョージ・ソロスが政治思想や政治組織を嫌ってそういったものを長期的に育成しようとしないことや、ペイパル・マフィア随一のリベラルであるリード・ホフマンや元ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグらリベラル系の大富豪から支援を受けることを良しとしない左派の存在などが影響している。

あと興味深かったのは、著者はたまたま短期間でカールソンの元から解雇されたおかげで職歴を隠して主流派メディアに再就職できたけど、彼女と同じように右派運動に育てられてそのなかで仕事を得た若い人たちの多くが、その職歴が仇となって主要メディアや主流の政治団体に再就職できなくなってしまうという話。仕方がないといえば仕方がないけど、一時期おかしな方面に影響を受けたせいでそこから逃れられなくなってしまっている人もたくさんいそう。とにかく、トランプ当選によって脚光を浴びるようになる以前の右派運動がどのように動いていたのか分かる、貴重な内部からの証言。