Tim Miller著「Why We Did It: A Travelogue from the Republican Road to Hell」

Why We Did It

Tim Miller著「Why We Did It: A Travelogue from the Republican Road to Hell

共和党の選挙工作員だった著者が、かつてはトランプの煽りスタイルや専門家への敵視、差別主義などを嫌悪していた自分の同僚や仲間たちが、どうしてトランプに追従して本心では良くないと分かっている行為に加担してしまったのか、自身の経験とかつての仲間たちの変節の経緯を追って分析する本。著者自身も2008年のマケイン上院議員、2012年のハンツマン知事、2016年のブッシュ知事の各大統領選挙をはじめ多数の選挙に関わってきた専門家。ただし政策スタッフでも通常の選挙運動スタッフでもなく、選挙に勝つために対立候補のスキャンダルを調べてばらまいたりするダーティな部門。

著者は同性愛者であるにもかかわらず、2008年の大統領選挙でマケインが同性愛者の権利を支持しているかのように聞こえる発言をしたときには「選挙に悪影響がある」と心配したり、2012年の大統領選挙でハンツマン(共和党員の元ユタ州知事だけれど、オバマ政権で駐中国大使も務めた中道派)の強力なライバルだった(のちに党指名を勝ち取った)ミット・ロムニー知事を攻撃するためにロムニーがリベラルなマサチューセッツ州知事時代にプライドパレードに参加した写真を拡散するなど、同性愛者の権利を攻撃したり同性愛のタブーを強化するような工作を行ったこともあったが、当時はそれを心の中で誤魔化していた。その経験から、「本心ではトランプの発言や政策に嫌悪しているのに、それを心のなかで誤魔化して、トランプ陣営に参加した」かつての仲間たちに対して理解を試みる。

ちなみに著者は2007年までは同性愛者であることを隠して働いていたけれど、共和党のラリー・クレイグ上院議員が空港の男子トイレで匿名の同性セックス相手を求める行動を取っていて逮捕された事件のあと、自分はああなりたくはないと思って周囲にカミングアウトしたとか。そういえばあったなそんな事件。James Kirchick著「Secret City: The Hidden History of Gay Washington」でも書かれていたように政治の中枢で働くゲイ男性は少なくはなく、のちにトランプの取り巻きに加わった人や同性愛者に理解がなさそうだと思っていた人も含め、著者の周りの人の大半はカミングアウトを応援してくれたとか。

共和党のなかで、トランプのスタイルや主張を嫌悪しつつかれの取り巻きに加わった人のなかには大物議員から下っ端のスタッフまで大勢いたけれど、著者はかれらの動機をいくつかに分類する。たとえばトランプ政権では実績がなくても忠誠心の高いスタッフが重用されたので、トランプ政権内のポジションを踏み台にして自分のキャリアを高めようとした人たち。内実がどうであれ華やかな権力の中枢に近づきたい人たち。かつての著者のように、選挙戦略をゲームのようにとらえハイスコアを叩き出すことに夢中になり、その結果どのような政策が実現するかに無頓着な人たち。そして最後に、自分がトランプの側にいてかれの衝動的な行動を制御しなければもっと酷いことになるから、と自分に言い聞かせてトランプから離れられなくなった救済者気取りの人たち。

2012年の大統領選挙でロムニーが敗北後、共和党内部ではどうして共和党が大統領選挙に勝てなくなったのか検証する委員会が作られ、著者もそのメンバーとなった。その結論は、共和党は「齢をとった白人男性だけの党」になってしまっている、という内容で、女性や非白人や若い人の支持を取らなければ共和党は衰退していくばかりだ、という厳しいもの。そして支持層を広げるための方法として、マイノリティの声に耳を傾け、中南米系やアジア系に対する移民排斥をやる、同性愛者の権利を受け入れる、などが掲げられた(委員たちは「妊娠中絶反対を取り下げる」という提言も盛り込もうとしたが、党内から反発が激しく最終的には外された)。この委員会の報告書を書いたのは、当初は中道派と目されていたのにのちに急激にトランプ派に鞍替えし、トランプ弾劾の賛成票を投じたリズ・チェイニー下院共和党会議議長(党内序列3位)の地位を追い落としてその座を奪ったエリース・ステファニーク下院議員。メンバーにはのちにトランプの大統領首席補佐官を務めたラインス・プリーバスもいた。共和党は移民排斥をやめるべきだと主張していた委員たちが、「メキシコ人移民はレイピストや殺人者だ」と言い放ち、イスラム教徒の入国禁止を主張、亡命を希望する難民の親子を引き離す政策を実施したトランプにどのようにしてすり寄っていったのか追った記述は鋭い。

本書に登場する人物のなかで最も詳しく触れられているのは、著者のマケイン選挙陣営時代からの同僚で親しくしていたキャロライン・レンという女性だ。彼女はマケインの著書に感銘を受けて共和党の選挙運動にボランティアやスタッフとして参加するようになり、ハンツマン陣営でも著者と共に働いた。彼女は(この本の登場人物は大抵そうだけど)裕福な家庭の出身で見聞きしたことに影響を受けやすいタイプらしく、内戦中のシリアを何も持たずに逃れた子どもたちが電車でドイツの駅に送り届けられるニュース映像を見た直後、単身ドイツに赴き、大量のバックパックを買ってなかにおもちゃや本やお菓子を入れ、4日間のあいだずっとその駅の前に立って子どもたちにバックパックを与え続けたという。金持ちの白人女性の独りよがりな行動だとは思うけど、それだけニュースで見ただけのシリア人の子どもたちに感情移入した彼女はその後、移民や難民に対する排斥を強めるトランプの選挙事務所に参加し、暴徒による議会襲撃の直前に行われたトランプ支持集会の資金集め担当者として名前が報道された。

本の最後はトランプ退任後に著者がレンと再会して彼女がどうしてトランプに付き従ったのか、議会襲撃の片棒を担いでしまったのか問い詰めるインタビューがまとめられている。それによると、彼女の言動からは著者が挙げたトランプ取り巻きのいくつもの動機——キャリアを向上させるチャンスだった、トランプに魅了され華やかなトランプ一家の近くにいることが嬉しかった、自分が抵抗したおかげでトランプのより酷いいくつかの行動は阻止できた––などが見られたけれど、ほかのことはトランプに批判的な意見も含め自由に話していた彼女は唯一、「あなたは本当にトランプが当選したと思っているのか」という質問だけに対してはノーコメントを貫いた。そんな意図はなかったかもしれないがあなたは民主主義の破壊に加担してしまったと糾弾する著者と、自分の行為が正しく記録されてほしいと願う彼女のやり取りは痛々しく、彼女は「いつかのように友人に戻りたい」と言うけれどもそれは当分難しそう。

著者自身も割とクズだし、登場する共和党の有力者もクズだらけなんだけど、人間的にわからないでもないクズだった。まあ確かにそんなに根本的な悪人なんてそういないんだろうけど、どんな動機であれあんたらがトランプをのさばらせたせいでコロナ被害は何倍にも広まったし、白人至上主義者や移民排斥主義者の暴力が横行して多くの人が傷つけられたのは事実なので、許せはしない。

それにしても著者にしろ、保守派のメディア出演を監視する団体Media Matters for Americaを設立したデイヴィッド・ブロックにしろ、創始者の一人による若い男性インターンへのセクハラが問題となったThe Lincoln Projectにしろ、共和党に対するネガティヴ・キャンペーンを得意とする人はだいたい元共和党員のゲイ男性やバイ男性なの、なんでだろう…