Serhii Rudenko著「Zelensky: A Biography」
ウクライナのジャーナリストが書いた現ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキーの伝記、なんだけれど、38の「エピソード」にイントロとエピローグを加えた40章が時系列をあちこちに飛び回りつつ展開される、わかりにくい構成。たとえばゼレンスキーの子ども時代の話は30章を過ぎたくらいまで出てこないし、その内容もウィキペディアのほうが詳しいくらい。子ども時代の話やコメディアン・俳優としてどう成功したのかという部分に興味があったのだけれど、立候補するまでの話はかなり薄かった。また、ゼレンスキーが主演してのちにかれの政党の名前にもなったテレビドラマ『国民の僕』の内容についてとくに説明がなかったり、旧ソ連時代から続く人気バラエティ番組『KVN』について特に説明もなくいきなりKVNのチームがどうとかメジャーリーグがどうという話が出てきたりするなど、ウクライナ人の読者にとっては常識なのかもしれないけれど外国の人間としては分かりにくかった。ちなみにKVNというのはチームで行う一種の大喜利大会みたいなものらしく、一部リーグの下に多数の下位リーグがあるみたい。なにそれおもしろそう。
その一方、大統領に立候補した時点のゼレンスキーがどれだけ準備不足だったのかとか、当選したら同じように準備不足な仲間を要職に付けてドタバタしたとか、スケールの小さいケチな汚職が相次いだとか、戦時指導者になるまでのかれのダメっぽさは詳しく書かれている。ロシアの介入が続く東部の和平を目指すも現実的な解決策を持たずに中途半端なことをやってしまう点はオバマを、そしてかれには明らかに大統領になる資質がないものだからと対立候補だった現職のポロシェンコ大統領は「公開討論会をすればボコボコにできる」と思っていたけれど、批判されれば批判されるほどゼレンスキーのアウトサイダーとしての人気が高まり当選したという部分はトランプを連想させる。そのトランプに「バイデンの息子を捜査しろ」と圧力をかけられ、その結果トランプが議会に弾劾された件についてこの本ではごくさらっとしか取り上げられておらず、もしあのときゼレンスキーがトランプの味方をしていればバイデンはゼレンスキーを敵視して、いまのようにウクライナを支援してくれなかったのかもしれない、とか書いているけど、いやいやバイデンはトランプじゃあるまいしそんなことでロシアの侵攻を許容しないよと。
そんなダメダメな大統領だったゼレンスキーがロシアの全面侵攻を受け、まるで俳優として英雄的指導者の演技をしているかのように勇敢に侵略者に立ち向かい、政敵を含めた多くのウクライナ人たちを団結させた、という意外な展開がこの本のおもしろいところ。著者はあくまでジャーナリストとしてゼレンスキー政権の失敗や矛盾を指摘しつつ、かれが開戦当初欧米に勧められたように逃げ出さず、国際社会の支援を取り付け抵抗の先頭に立っていることを高く評価していて、いくつものエピソードにおいて「戦争がウクライナの勝利に終わったあとには〜」と将来の展望を書いている。
まあウクライナ内政のゴタゴタを知ったところでだからなんだという気はするんだけど、ゼレンスキーが単なるコメディアンや俳優ではなく「大喜利が得意なコメディアン」だったことはもしかしたら重要かも。あらかじめ作ったコメディではなく即興で質問におもしろい回答をしたりおもしろい演技をしたりする能力は、もしかしたら政治家にも必要なのかもしれない。選挙の候補者を集めた公開討論会もいいけど、一度ためしに候補者による大喜利大会を開いてみたらいいかも。