Sergei Guriev & Daniel Treisman著「Spin Dictators: The Changing Face of Tyranny in the 21st Century」

Spin Dictators

Sergei Guriev & Daniel Treisman著「Spin Dictators: The Changing Face of Tyranny in the 21st Century

ほぼ同時期に発売されたGideon Rachman著「The Age of The Strongman: How the Cult of the Leader Threatens Democracy around the World」に続いて読んだ、21世紀の強権的リーダーたちについての本だけど、Strongmanと違ってこちらはトランプやボリス・ジョンソンのような「強権的なスタイルを持つ民主国家の指導者」ではなく本物の「独裁者」を取り扱う内容。共通して登場するのはプーチン、エルドアン、オルバンあたりで、ヒトラー・スターリン・毛沢東に代表されるような「恐怖による支配」を展開した20世紀の独裁者と比べ、21世紀にはメディアを通した情報の制御による「スピンコントロールによる支配」を使う独裁者が増えている、という内容。それぞれの時代から世界中の独裁者とかれらの演説や支配の手法をデータにまとめて計量的な分析もしており、そのデータは著者らのサイトからダウンロードできる。もちろん現代にも金正恩、習近平、アサド、ルカシェンコといった恐怖型独裁者も残っているけれども、その数は減りつつあり、スピン型の独裁者が増えているとのこと。

著者はスピン型独裁者の源流を、シンガポールの初代首相リー・クアンユーに見出す。マレーシアから1965年に独立したシンガポールでは当初から普通選挙が行われてきたものの、最多得票を得た政党が議席の大多数を独占できる制度を作るとともに、リーに批判的な候補やメディアを名誉毀損で訴えたり脱税などで捜査することで活動を厳しく制限した。しかし形式的には野党の政治活動や報道の自由は認められており、恐怖型独裁国家で行われていたような政治・表現活動を理由とした投獄や殺害は行われなかった。外国メディアなどに独裁的な手法を批判されたリーは、紙の供給が制限されるなどして発行数が厳しく制限されていた小規模な反体制派の新聞などを挙げ、自分は毎日のようにメディアで批判されている、決して独裁ではない、と説明した。リーにとってマイナーなメディアで一部のインテリに批判されるのは痛くも痒くもなく、大手メディアをコントロールすることで大衆の支持さえ押さえていれば権力を維持するには十分。この方法はマレーシアのマハティール首相やペルーのフジモリ大統領らに模倣され、21世紀のプーチンやユーゴ・チャベスに引き継がれる。

これらの国では野党や反政府的なメディアは存在を許されるものの、制度的な制約によりその活動が政府を脅かさないようにコントロールされる。スピン型独裁者たちは国民を恐怖で縛り付けるのではなく、国民から多大な支持を得ている人気者だと自らを位置づけ、そして巧みな情報操作により実際に多くの国民からの支持を得ている。そうした国では恐怖型独裁国家にくらべ政権による反政府活動家やジャーナリストの殺害や投獄は少なく、逮捕するにしても脱税や性犯罪など政治的思想とは関係ない罪をでっち上げたり、あるいは政府批判のシンボルとならないように微罪による短期間の収監を繰り返す、恣意的な規則の適用により立候補資格を剥奪する、などの手法が取られる。恐怖型の独裁者であるサダム・フセインは「選挙」で99%を超える支持を得て「当選」した、と発表していたけれど、スピン型独裁者たちは見せかけの選挙において60%〜70%の得票率で当選することが多いと著者は指摘する。それはかれらが自分は独裁者ではなく国民の支持を得ている民主的な指導者である、という姿勢を示すためだ。

21世紀になって恐怖型独裁者が減りスピン型独裁者が増えた背景には、経済による国際的な結びつきが強まり国際的孤立のコストが高まったことや、国際機関や国際NGOの発達により人権弾圧に対する監視が強まったことなどが挙げられている。そしてこれらの国は、オルバンやエルドアンが自国がNATOやEUのメンバーであることを利用して民主主義を守ろうとするヨーロッパの足並みを乱そうとすることに典型的なように、あるいはそれらの国が自国の反政府活動家をでっち上げた犯罪でインターポルに登録し国外での自由を奪おうとするなど、リベラルな国際的な取り組みの中に入り込みそれを中から悪用する。またロシアがソーシャルメディアやRTのような国営メディアを通してブレグジット国民投票やアメリカ大統領選挙に介入したように、あるいはロシアやトルコなどが合法的にロビイストを雇ってアメリカ議会に働きかけたりしたように、民主国家のオープンさを利用してその力を削ごうともしている。

著者らは、それでも独裁国家との関係を断つのではなく、経済的な相互依存を通して民主主義の拡散を目指すべきだ、仮に経済制裁が必要な場面でも対象を指導層だけに限定し、一般市民が苦しまないようにするべき、と主張する。もちろんかれらもその関係を通して民主国家の側を変えようとするので、民主国家はかれらの狙いを上回らなくてはいけない。そのためには国内政治において独裁者に共感する強権的な指導者の台頭を抑え、政治活動や報道の自由を維持するとともに、国内のロビイストや法律家やテクノロジー企業が独裁国家による自由への攻撃に加担することを防がなければいけない。また、国際機関を強化し、国際NGOの活動を支援するべきだ、とも。要するにトランプみたいなのをなんとかしろって話だけど、それがなかなか難しいのと、それでプーチンに対抗できるのかどうか。習近平の代になって恐怖型独裁を強める中国の問題もあるわけだし。

あとこれは本筋ではないけど、先進14カ国の若者たちは国連が平和と人権を推進すると信頼している、という報告が引用されているのだけれど、14カ国のなかでなぜか日本だけ国連に対する信頼がダントツで低いのはなんでだろう…