Rose Hackman著「Emotional Labor: The Invisible Work Shaping Our Lives and How to Claim Our Power」
感情労働とケアワークの議論をさらに広げ、わたしたちが(特に女性が)日常的に行っている人間関係を円滑にし社会活動を成り立たせるためのあらゆる行動を「感情労働」の一種と規定しなおし論じる本。
四〇年前、拡大しつつあったサービス産業において労働者に新たに課せられた、他者の感情的充足や安心をもたらすために自らの感情表現を操作する業務を「感情労働」と呼んだのは社会学者のアーリー・ホックシールドだったが、彼女が指摘したとおり、これは女性が私的な領域において伝統的に担ってきた役割を賃金労働に拡張するものだった。そうした賃金労働は「女性化された」労働とみなされ、社会的地位や賃金が低下した一方、私的な領域における感情労働も引き続き女性の役割とされた。
著者によれば、フェミニズムにおける感情労働の議論は移民や非白人、労働階級の女性がサービス産業で行う労働の議論に終始し、専門職の白人女性や中流・上流階層の女性たちが行う私的なケアの議論とは切り離されてきた。しかしそれらは決して現実に切り離されたものではないし、そもそも労働階級の女性たちだって私的なケアも同時に担当しており、どちらか一方だけを行っているわけではない。また、女性が自身の安全を確保するために周囲に目を張ることや、男性に対して柔和的に接すること、そして襲われた際にすら殺されないために演技することまで、通常は労働とみなされない行為のなかにも感情とケアの作業は潜んでいる。
感情労働やそれに類する感情とケアのさまざまな作業は、市場経済や家父長制における愛情と権力のあいだの複雑な関係を反映している。ツイッターにおけるGiveYourMoneyToWomenハッシュタグ(人種問題について常に発言を求められる黒人女性ら非白人の女性たちが、発言しろというならお金を払え、という意味ではじめたもの)など感情労働の価値の適切な市場化を求める試みは、そうした複雑さに対する批評的な介入だ。また性労働者たちは、私的であり市場価値に換算できないとされている感情労働の対価を求めることで、社会規範がいったい誰の利益を保護しているのか明らかにする。
コロナウイルス・パンデミック以来のエッセンシャル・ワークへの注目やケアの絶対的な供給不足の問題などの扱いを含め、もう議論し尽くされてきたと思われていた感情労働とケアについて、さらに議論を広げてくれる素晴らしい本だった。