Reece Jones著「Nobody Is Protected: How the Border Patrol Became the Most Dangerous Police Force in the United States」
アメリカの国境警備局(CBP)がヤバすぎてヤバい(語彙力w)本。2020年、ブラック・ライヴズ・マターの運動が全国で広まったとき、オレゴン州ポートランドでも連日深夜までデモが続いたが、デモを離れて街を歩いている人たちにバンで静かに忍び寄り、かれらに突然頭から袋をかぶせるなどして襲いかかり路上から拉致した所属不明の武装集団があった。数日後にはそれがトランプ大統領が派遣した国境警備局の局員だったことが明らかになったが、この本は「どうして国境を警備しているはずの部隊が国境から遠く離れたポートランドの路上でアメリカ市民を暴力的に拉致するまでになったのか」という謎に応えてくれる。
歴史的に、19世紀中盤までのアメリカでは、国境は西へ西へと先住民を駆逐しながら領土拡大とともに押し広げていくものであり、守るものではなかった。現在の国境警備隊の前身と言えるのは、メキシコの領土だったテキサス(テハス)に無断で入植した白人たちによって設立された民兵組織テキサス・レンジャーだ。かれらは白人の入植地を増やすために先住民やメキシコ人(多くは先住民の血を引くメスティーソ)を追い出して土地を奪い、かれらの抵抗を弾圧した。メキシコが1824年に奴隷制を廃止すると、入植地に黒人奴隷を持ち込んでプランテーションを運営していた白人たちはメキシコに対して独立戦争を起こし、テキサス共和国を経て奴隷州としてアメリカ合衆国に加入。そのあいだにテキサス・レンジャーは正式に共和国および州の警察機関になったけれども、先住民やメキシコ人に対する虐殺は続いた。
1882年に中国人移民排斥法が成立すると、メキシコとの国境を超えて密入国する中国人移民を止めるための部署が結成されたけれども、その職員は数十人に過ぎなかったので、テキサス・レンジャーが実働部隊として国境監視(及びそれを口実とした暴力)の役割を担った。20世紀に入り正式に国境警備局が結成されると、テキサス・レンジャーから多くの隊員が参加した。とはいえ20世紀においては国境警備局の本来の役割はあくまで国境やその近辺における密入国や不法な入国の取り締まりであり、アメリカ国内で生活している非正規(不法)移民の摘発・追放を行う移民局と比べて人員も少なく影響も小さかった。そういうなか、長い国境の全てを監視する能力がない国境警備局は国境から遠ざかる主要道路に交通検問を設けて不法入国者を発見する作戦を実施したが、憲法修正4条で保証された「令状によらない不法な捜索」だとか、目視で「メキシコ人っぽい」人が乗っている車だけを狙ってチェックするのは人種差別的だという訴えが起きた。
当初、ウォレン裁判長率いるリベラルな最高裁はこれらの訴えを重く受け止め、国境警備局の行動に制限を設けたけれども、ニクソン大統領の時代に保守に傾いた最高裁によってそれらの制限は取り除かれる。交通検問で止められることは大した不便ではないし、人種だけで判断したら問題かもしれないが人種とその他の要素を組み合わせるなら差別ではない、という論理。「その他の要素」には、車の中に乗っている人の服装や髪型、あるいは「過去に摘発された密入国者に似ているかどうか」とか「警備局員の長年の経験に基づいた勘」まで許されることになった。また国境近辺は「国境もしくは海岸から100マイル(161km)以内」と決められたが、ここにはアメリカの十大都市のうち九箇所までが含まれる。この結果、アメリカ人の2/3が住んでいる地域が国境警備局が自由に活動できる「国境近辺」と定義され、その中では国境警備局はほかの警察機関のように憲法修正4条の制約を受けることもなく、大手を振って人種プロファイリングを行えるようになった。ところが国境警備局が設置する検問で実際に密入国者が発見されることはごくまれで、逮捕者のほとんどは麻薬所持によるもの。たしかに国境警備局の役割の1つは麻薬の密輸入を阻止することだけれど、密輸入者が検問で摘発されることはめったになく、最近多く見つかっているのはそれぞれの州で合法化され一般販売されている(けれど連邦法ではいまだに違法な)大麻製品。
21世紀に入るとさらに、9/11同時多発テロ事件を受けて国境警備局の任務の焦点が「テロ予防」に移り、麻薬カルテルやテロ組織からアメリカ本土を守るためとして人員が大幅に増員され、軍隊用の武器が配備されるとともに、軍隊式の戦闘訓練が行われるようになった。こうして「密入国者摘発のため」設けられた数々の法的制約からの例外的特権と、ほかの警察組織にように一般市民を相手にするのではなく武装した麻薬カルテルやテロ組織と戦闘するための武力を兼ね備えた、アメリカ最強の武装「警察」組織が生まれた。ポートランドでBLMデモ参加者に組織名すら明かさずに一方的に襲いかかったのは、そういう部隊だ。さらに近年、国境警備隊は国境の監視を口実にアメリカ最多のドローン部隊を導入したが、そのドローンは環境への負荷が予想されている石油パイプライン建設に反対しているアメリカ先住民活動家の自宅やミネアポリス警察に殺害された黒人男性ジョージ・フロイド氏の葬式などを監視するためにも使われている。
2016年大統領選挙にトランプが立候補すると、まっさきにかれを支持したのが国境警備局職員組合だったが、この組合が大統領候補への支持を表明するのは史上初のことだった。トランプがDCでのBLMデモに対して米軍部隊を投入したことに対しては国防省や軍の幹部・元幹部らからも批判が出たが、国境警備局関係者からは国境警備隊による市民への暴力について一切批判は起きていない。2019年には国境警備局の隊員が多数参加するフェイスブックのプライベートグループにおいてかれらが移民の死を笑い飛ばすジョークやラティーノ系の議員に対する暴力をほのめかすコメントをやり取りしていたことが報道された。そうしたコメントをしていた隊員のなかには、実際に移民やアメリカ市民に対する暴力が告発されている人も複数いた。
国境警備局が追っているのは密入国者だけだから、移民だけだから、国境近辺で警備しているだけだから、と思っていたら、いつのまにか国境から遠く離れた街の中でデモに参加している一般市民がいきなり襲われ拉致される、しかもそれが法的に許されている、というとんでもない事態になっていた。社会の中で弱い立場に置かれている人たちを積極的に守らないと誰も安全ではいられないという究極の例。