Rachel Nuwer著「I Feel Love: MDMA and the Quest for Connection in a Fractured World」
多くの国で違法薬物とされながら近年PTSD治療への利用など臨床実験が進んでいるMDMA(俗称エクスタシー、モリー)についての本。
ドイツの化学者による合成から冷戦初期のCIAによる極秘実験、カップルカウンセリングなどでの用法からレイヴパーティでの流行と違法化、そして現代の臨床的注目まで、MDMAがたどってきた歴史をふまえつつ、PTSD治療における実績と過剰な期待への牽制、医療用使用が合法化された際に起きるであろう問題の議論など、非常にバランスの取れた丁寧な内容。
CIAが自白剤や洗脳薬を作ろうとしてMDMAで実験していたのもひどいし、MDMAを違法化するために一部の研究者が行ったデタラメな研究(MDAの研究結果をMDMAと混同させたり、ひどいのになるとMDMAを使った動物実験とされたものが実際には覚醒剤を使っていたなど)もまたひどいけど、規制によって自由に研究できないなかMDMAの可能性を信じて長年かけて許可を取り研究資金を募ってきたMAPSはすごい。違法化前に作られた2キログラムの超純粋なMDMAが現在の臨床実験でもいまだにちびちびと使われているという話は知らなかったけど、2キロのMDMAってすげえなそれ(臨床で使うのはその人の体重にもよるけど一度にだいたい100mgくらい)。
MDMA援用心理療法の治験では希死念慮のある人、長年PTSD治療を受けているが効果がなかった人など、PTSD患者のなかでも特に深刻な症状のある人たちを進んで受け入れているが、にもかかわらずこれまでの治験でプラシーボを大きく上回る画期的な成果が残されているだけでなく、わたしの周辺でも実際に受けた人が何人もいておおむね良い結果が出ている。深刻なPTSDのある人たちは普通にカウンセリングをしようとしてもカウンセラーとの信頼関係を築くのが難しいし、自分の感情や記憶へのアクセスが不自由だったり、アクセスしようとした途端にフラッシュバックやパニックなどの症状が起きてその対処に追われることが多いのだが、MDMA援用心理療法では当日の朝にMDMAを投与することでそれらの障害をクリアして、薬の効き目がある6時間のあいだみっちり本来のカウンセリングに集中することができる。治験の一部で受けた人、治験以外でアンダーグラウンドのMDMA援用心理療法を受けた人を問わず、まるで数年分のカウンセリングを一日に凝縮したようだ、と多くの経験者は証言している。
MDMA援用心理療法を受けるような人にはもともと希死念慮のある人が多いので、事前のスクリーニングや事後のフォローアップを丁寧に行うなどしていることもありこれまでのところはないものの、今後より広く行われるようになれば、いずれは治療を受けた直後に自殺する人が生まれてしまうのは避けられない。またMDMAとは無関係の理由で急死する人もそのうち確率的に出るだろう。また、過度な期待が寄せられることで、MDMA援用心理療法を受けたけれども効果がなかった、騙された、という不満の声も出てくるに違いない。そうなったときMDMAがやり玉に挙げられないように、事前と事後のプロセスをきちんと確立しておくとともに、過剰な期待をあらかじめ抑えるような説明も必要。あと、現時点でMDMA援用心理療法を行うセラピストの多くが東洋や北米先住民のスピリチュアリティを流用・盗用したデコレーションやリチュアルに頼っているが、仏像よりマンチェスター・ユナイテッドやビヨンセのポスターの方がインスピレーションになる患者だっているはずで、より広い層に受け入れられるためにはさらなる工夫が必要だ、と本書は指摘している。
わたしはむかしから何故か「家にパルミジャーノ・レッジャーノの切り株1つ家に飾りてえ」という自分でも訳のわからない願望があるのだけれど(もし実際にあったら邪魔で仕方がないと思う)、このたびそれに「2キログラムのMDMAの山を一度見てみてえ」が加わった。だからなんだよって話だけど。