Nick Tabor著「Africatown: America’s Last Slave Ship and the Community It Created」

Africatown

Nick Tabor著「Africatown: America’s Last Slave Ship and the Community It Created

南北戦争直前の1860年に西アフリカのダホメ王国(現ベニン)からアラバマ州モービルに「アメリカ史上最後の奴隷貿易船」に乗せられてきた110人のアフリカ人奴隷たちと、かれらが作り出した「アフリカタウン」と呼ばれるようになったコミュニティの歴史と記憶の本。

アメリカでは1808年に大西洋を横断する奴隷貿易が禁止されたが、綿産業の拡大などにより奴隷に対する需要は高まり、しばしば奴隷の密輸が行われた。本書が題材とするのもそうした奴隷密輸入船のうち知られている最後のもので、狭い船内に押し込められ苦しみながらモービルに連れてこられたアフリカ人たちは、船に投資した白人たちのあいだで分配され、一部は遠く離れた土地に売られていった。その年の選挙でリンカーン大統領が当選すると南部がアメリカ合衆国からの分離を宣言、南北戦争が勃発する。数年におよぶ内戦ののち自由を得たアフリカ人たちは帰国を希望するも叶えられず、かれらのうち32人がモービルの北にのちにアフリカタウンと呼ばれる西アフリカ文化に基づいたコミュニティを創設した。また、そのコミュニティには同じルーツを持つ以前からアメリカにいた解放奴隷の一部も参加した。

南部の敗北の結果実施されたリコンストラクション政策によってアラバマ州でも黒人の子どもたちのための学校が多数設立されたけれど、アメリカ生まれの黒人たちからアフリカ人たちへの偏見やいじめもあった様子で、ある黒人指導者はかれらを「より文明段階の低い黒人」と表現した。アフリカタウンのリーダーとなった男性は選挙に参加するためにアメリカ市民権を得て(リコンストラクションがすぐに停止されたので結局一度しか投票できなかったけど)1935年まで生き、またアフリカタウンは1950年代まで西アフリカの伝統を守る共同体として存続し、現在でもかれらの子孫らが現地に住んでいる。

モービルに連れてこられた110人のアフリカ人たちの経験について書かれているのは本書の前半部分で、後半にはかれらの没後、コミュニティがどのような危機に晒され、どのようにしてその生存と記憶を守ってきたかというドキュメント。アフリカタウンの周辺は政治的な力の弱い黒人たちの居住区であったため異臭を放つ製紙工場がいくつも建設され、さらにほかの化学工場や石油備蓄施設、石油パイプラインなどが住宅地の近くに作られた。また、第二次大戦後にフリーウェイの建設がはじまると、それらはアフリカタウンをはじめとする黒人居住区をぶった切るかたちで新たな道路が作られ、多くの住民は強制的に移住させられた。公害や公共事業によるコミュニティの破壊に抵抗するための運動のなか、住民たちはアフリカタウンを歴史的に重要な史跡として登録することでコミュニティを守ろうと考えるようになる。

アフリカからアメリカに連れてこられた最後のアフリカ人たちが住み着き西アフリカの文化を保存したコミュニティはそれだけで歴史的価値を認められて良さそうなものだけれど、当初そうした試みはまったく政府や白人社会の支持を得られなかった。かれらが最後の奴隷貿易の被害者の子孫であること自体「何の証拠もない都市伝説」的な扱いを受けただけでなく、史跡登録の制度が歴史的な建築物の保存を重視していたことも障害となった。なぜならアフリカタウンを建設したアフリカ人たちは後世に残るような頑丈な建築物を建てるリソースを持っていなかったので、墓場以外にこれといった建築物は残っていなかったからだ。

結局アメリカ政府によって史跡として登録されたのは2012年。地域住民たちはノースダコタ州でパイプライン建設に反対する運動を続けているアメリカ先住民活動家らとも共闘するなど、環境の公正(environmental justice)運動を続けている。また近年、アフリカタウンやその歴史についての研究が進むとともに世間の関心も高まっており、2018年にはハーレム・ルネサンスの黒人女性作家ゾラ・ニール・ハーストンが当時のアフリカタウンを取材して書いた本が彼女の没後六十年近くを経てはじめて出版されたり、同じ年に証拠隠滅のために白人所有者が海に沈めた奴隷貿易船が海底から発見されるなどしており、本書のほかにもここ五年くらいでいくつか本が出版されている。わたしも以前ちらっと奴隷船が発見されたというニュース記事は読んだことがあったのだけれど、この重要なアメリカの歴史の一部がきちんと記憶されるようになってきているのがうれしい。モービル(実際の発音はモビールが近いと思うけど一般にモービルと表記するみたいなのでそれに従っておく)に行くことがあればアフリカタウンを訪れたい。