Nick McDonell著「Quiet Street: On American Privilege」

Quiet Street

Nick McDonell著「Quiet Street: On American Privilege

いわゆる「1%」と呼ばれる一握りの超富裕層出身のジャーナリストの著者が、自身の子ども時代から青年時代まで振り返りながら一般社会から断絶された「1%」の世界について記した本。

タイトルの「沈黙の通り」というのは著者が子ども時代、富裕層の子どもだけが通うエリート学校に通学するための豪華版スクールバスに乗っていたとき、黒人が多く住んでいる地域を通りかかる時だけ「Quiet street!」と大人に言われて声を出すのを禁じられた経験から。どうしてそうなったのかは学校のなかでも都市伝説のようになってはっきりと説明されたわけではないけれど、何年もまえに生徒たちがバスの窓の外に見える黒人たちに人種差別的な言葉を投げかけたところ、投石されるなどの反撃を受け、いらい余計な問題を避けるために黒人街を通るときは声を出さないように決められた、と言われている。このエピソードは、著者を含めた特権的な立場にある子どもたちは、一方で正しいことを信じ他人に思いやりのある良い子になるよう教えられながら、同時に自分たちの特権的な立場を脅かすおそれのある人たちと交わらないよう極力隔離されているという事実を象徴している。

かれらが関わることを許された特権層以外の人間は、かれらの面倒を見たり食事を作ったりするナニーや運転手、掃除夫らかれらの生活を支える使用人たちだけだが、かれらはそうした使用人たちを対等な人間とみなさないように訓練されている。学校のパーティは豪華な会場を貸し切って有名人をエンターテイナーとして招き、バケーションはプライベートジェットで離島へ。親の力で入試の点数に補正をかけてもらいアイビーリーグの大学に入学しては、過去に多くの大統領や企業経営者を排出している秘密結社に入り将来のキャリアに役立つコネを繋ぐ。ハメを外しすぎて他人に迷惑をかけたり警察の御用になってもすぐに許される経験を積み重ねるかれらは、たまに大人になってから大きな事件を起こして警察に捕まることがあると「自分が犯罪者扱いされるなんて信じられない」という反応を見せるが、それはかれらが自分の過去の経験から培った心からの本心だ。経済的な有利さだけでなく、文化的・人脈的にもさまざまな形を通して富裕層の富と権力が世代を超えて継承されていく仕組みを、実際にそれを経験しその恩恵も受けてきた著者が描き出していく。

政治や経済だけでなく学界やメディアのなかでも1%出身者は活躍の場を与えられており、著者自身もその一人。トランプがよくメディアや学界を「庶民からかけ離れたエリート」として叩くけど、もちろんトランプ自身もその子どもたちも1%だし、かれが自分は何をやっても許されると思っているかのような言動を取るのはかれ自身の性格だけでなく「実際に何をやっても許されてきた」ことと強く関係している。著者はジャーナリストになる前、若いうちに書いた小説がヒットして有名になったが、そうしたチャンスをかれが得たきっかけはかれの父親が出版社の偉い人に直接原稿を持ち込んだこと無関係ではなく、かれと同じくらい才能があり同じくらい努力しているけれどもそうしたコネを持たずに日の目を見ない若い作家はおそらくいくらでもいる。そういう事情もあるので過剰に評価するのは嫌だなあという気持ちもあるのだけれど、ジャーナリストとしてイラクやアフガニスタンでの戦争を取材してきた著者が、アメリカの貧困について他人事として報じるのではなく自分自身を作り上げてきた富裕層のあり方に目を向け告発する著書を出したのは評価できる。