Moshe Hoffman & Erez Yoeli著「Hidden Games: The Surprising Power of Game Theory to Explain Irrational Human Behavior」

Hidden Games

Moshe Hoffman & Erez Yoeli著「Hidden Games: The Surprising Power of Game Theory to Explain Irrational Human Behavior

新古典派経済学的なガチガチの合理主義に基づいていると思われているゲーム理論を使って、行動経済学が指摘する一見「不合理な」人間の行動について説明する本。いやねえわたし経済学を正式に学んだわけではないんだけど、ゲーム理論も行動経済学も読むのは好きなんで、その二つを結びつけた本は楽しいに違いないって思ったんだけど、けっこーがっかり。こんなことなら500ページ超だからと敬遠してきたバーナンキの新著でも読んでおけば良かった。

行動経済学についての初歩的な本を見ても、人間は脈略なくとにかく不合理だなんて書かれていなくて、ダン・アリエリーの「予想どおりに不合理」という書名にも現れているとおり、また行動経済学でノーベル賞を取ったカーネマンやセイラーも説明しているとおり、人間には特定の共通したパターンの不合理性が見られる。となるとそうした不合理性にはなんらかの進化心理学的な合理性があるのだろう、というのは当たり前に推測できることで、この本ではそれにゲーム理論を通して説明をつける。たとえばゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」や「公共財ゲーム」などにおいて協調が生まれるのはどういう条件か、というのを、繰り返しの可能性や情報の(非)対称性、シグナルの有効性などを数値に置き換えることで数的モデルにして説明しているのだけれど、これって今更すぎない?行動経済学やゲーム理論にまったく触れたことがない人向けに書かれたのだとしたらそれらについて説明してなさすぎだし、わたしみたいに中途半端(あるいはそれ以上)に触れたことがある人にとっては当たり前すぎて、想定読者層が見えない。

本筋に全然関係ないけどこの本の内容で一番興味深かったのは、SFドラマ「スタートレック」の7番目のシリーズとなる「ディスカバリー」のファンたちのあいだで起きた議論についての話。1966年に最初のシリーズがはじまった当初はコンピュータグラフィックスもお粗末で、予算がないから登場する地球人以外の宇宙人の外見も簡単な化粧をほどこしたものだったけど、その51年後にはじまった「ディスカバリー」では技術も向上し制作予算も格段に増えた結果、豪華なセットやグラフィックスと精巧な特殊メイクによって初代シリーズとは見違える映像が放送された。ところが物語のなかでは「ディスカバリー」は初代シリーズより過去の時代を描写しており、どうして古い時代のほうが3Dホログラフィを使った最新鋭のディスプレイなど宇宙船の設備が豪華なのか、という問題が生じる。それについて一部のファンのあいだで、実は「ディスカバリー」の時代に設置された設備には不具合があり、あるエピソードで描写された機材トラブルのあと、艦長の命令によりそれらが取り外され、一時的に古い世代の設備を設置しなおしたところ、それで十分なことが分かり旧世代の設備が使われるようになったのだ、というような、物語内の説明が付けられた、という話。もちろん本当の理由は「単に技術が向上して予算も増えたから」なんだけれど、そこに合理的な説明を付けるトレッキーたち、楽しそうだなあと、本の趣旨と全然関係ないところがおもしろかった。この本ではまた別の場所でもスタートレックのエピソードを例に挙げてベッカーの犯罪経済学について紹介していて、著者自身トレッキーなのかもしれない。