MaryCatherine McDonald著「Unbroken: The Trauma Response Is Never Wrong: And Other Things You Need to Know to Take Back Your Life」

Unbroken

MaryCatherine McDonald著「Unbroken: The Trauma Response Is Never Wrong: And Other Things You Need to Know to Take Back Your Life

性暴力サバイバーなどトラウマを抱えた多くのクライアントと向き合ってきたセラピストが、トラウマを経験した人はその結果心を壊された、ダメージを負ったという考え方に対して、心は壊されたのではなく本人を守るために適切な応急措置を取ったのだと訴える本。サバイバーたちは心が壊された弱い人たちではなく、心身の緊急スイッチを入れて生き残った強い人たちなのだという考え。緊急スイッチはいわゆる火事場の馬鹿力と呼ばれる現象と同じで、順序付けた記憶などその場で不要な一部の機能をオフにすることでその瞬間に必要な機能にリソースを振り分け、生存の可能性を高める。

こうした考え方自体はかなり昔からあったもので、だから「障害」という言葉が付くPTSD(心的外傷後ストレス障害)ではなくPTR(心的外傷後反応)と呼ぶべきだ、的な主張もわたしが性暴力の問題に取り組みだした1990年代末にはあったけれど、このところ脳科学の研究やそれを元にした(今のところ科学的根拠は十分とはいえない)新しいトラウマ理論によってそうした考え方は広がっているように思う。

また、「トラウマ」という言葉が単なる不愉快な出来事、程度の意味で軽く使われていることを批判しつつ、かといってアメリカ精神医学会が策定したDSM-5では起きた出来事の内容(死や深刻な怪我、もしくは性暴力の危険)によって定義されており、それを経験した個人の体験が重視されていないことは実態に合わないと指摘。たとえば酷い人種差別やホモフォビア・トランスフォビアに晒されて恐怖を感じたり尊厳を傷つけられたとき、死や深刻な怪我や性暴力を意識せずともそれらと同じくらい大きなトラウマになることはその状況によってはありえる。

Arline T. Geronimus著「Weathering: The Extraordinary Stress of Ordinary Life in an Unjust Society」ではそうした死や深刻な怪我には直接つながらない日常的な攻撃が、それに晒されている人たちに緊急スイッチを入れたままの生活を強い、その結果としてコルチゾルの過剰分泌などを通して心身を痛めてしまうウェザリングという現象について書かれていた。本書でも、緊急時代にスイッチを切り替えて普段とは異なる反応を起こすことはその場を生き延びるためには役に立つけれど、あまりに日常的に危機に晒されているとスイッチを切ることができなくなり、その結果としてさまざまな問題が引き起こされてしまうことを説明している。

もしそうした攻撃や危機が完全に過去のものなら、緊急スイッチはもう必要ないのだから切ってもいいんだよ、というカウンセリングのアプローチもあると思うのだけれど、過去とは形が違ったとしてもやっぱり日常的なトラウマから逃げ出せてはいない人もたくさんいる。そういう人たちにとっては緊急スイッチを切ることは生死に関わるから慎重にならざるをえないし、下手にそうするようカウンセラーが勧めてしまってもいけないな、と思った。