Margot Canaday著「Queer Career: Sexuality and Work in Modern America」

Queer Career

Margot Canaday著「Queer Career: Sexuality and Work in Modern America

1940年代以降推進された、政府の役職からの同性愛者を追放する動きを扱った「The Straight State」の続編とも言える本。本書はその時代から現代に至るまでの同性愛者たちの労働の歴史について取り上げられている。

20世紀の同性愛者の権利獲得運動が黒人公民権運動や女性解放運動と異なるのは、それが法律や判決といったかたちで勝利を勝ち取るより先に、大手企業など民間で成果を上げたことだ。それは同性愛者の運動が盛り上がった時代が黒人公民権運動や女性運動よりやや遅れ、労働組合の弱体化と労働者の権利衰退と同時に起こったことと無関係ではない。

ストーンウォール暴動より以前、白人ゲイ男性に限った話をすれば、かれらは職場から完全に排除されていたわけではない。明らかにゲイゲイしい人は面接の段階で弾かれるけど、そうでもない限りは雇用者と労働者はお互い同性愛について触れないようにしつつ、連邦政府や連邦政府との取り引きがある企業で「同性愛者は秘密をばらすと脅されて国の利益に反する行為を行う危険があるため」として採用されない同性愛者たちはその立場の弱さを利用され、本来より安い賃金や低い地位で積極的に採用された。独身で扶養家族がいないためキャリアに集中できることや、突然の残業や出張などにも対応できることなど(むしろ出張は周囲の目を気にしなくてもいい遠方のゲイバーなどに行けるのでプラス)、企業にとってはかれらは便利な労働者だった。

そういうなか、ロータスやアップルなど新興のテクノロジー企業のなかで、コンピュータネットワークという新たなコミュニケーション手段を得たゲイの技術労働者たちが、同僚に知られることなくお互いを発見し、それぞれの社内で力を得ていく。もともとシリコンバレーは経営者たちも若い人が多く、服装が自由だったり周囲に寛容、もしくは無関心な環境が多かったため、かれらが社員の同性パートナーへの福利厚生認定などの譲歩を引き出すことにも繋がった。しかしもちろんそうした譲歩は、コンピュータやその部品を実際に生産する工場の労働者や、それらの会社で清掃作業を行う労働者らへは適用されなかった。

同時期に起きたHIV/AIDS危機は、一般社会における同性愛者への差別や偏見を増加させると同時に、それらに対して抵抗する運動も活発にした。同性愛を公にしない、はっきりゲイだと分かるような言動を取らないことと引き換えにそこそこ安定した地位を与えるという無言の取り引きは、カミングアウトの動きが高まり、また社内でも誰々は同性愛者ではないか、AIDSにかかっているのではないか、と隠避する動きが起きるとともに、崩壊した。しかし同時にレーガン政権による労働組合への圧迫などの結果、同性愛者以外の労働者たちの労働環境が悪化した結果、同性愛者の権利が向上するのではなく一般の労働者の権利が同性愛者と同じレベルに落ちることで決着する。

こうしたゲイ男性の歴史に対して、レズビアンたちの労働の歴史はほかの女性たちの労働の歴史とかなりの部分一致している。女性であることで多くの職種から実質的に排除された結果、女性労働者たちの多くは看護師などのケア労働、教師、秘書など限られた職種に集中したが、とくに子どもを相手にする教師など公務員として働くことはいつ同性愛者であることが明かされて職を追われることになるか分からない、不安定な選択だった。さらに彼女たちは、キャリアのある男性と結婚して生活費を出してもらうことができないため、ほかの女性たちよりキャリア形成に熱心にならざるを得なかった。

本書では1970年代のレズビアンコミュニティで自分たちのコミュニティに向けた本を出版したダイアナ・プレスや、レズビアン音楽を広めたオリヴィア・レコーズといった例を挙げて、レズビアンたちが一般社会から独立した経済を立ち上げ、雇用を生みだそうとした試みについても触れられている。よく知られているように、オリヴィア・レコーズは採用したサウンドエンジニアがトランス女性(サンディ・ストーンさん)であることが明らかになり大きな論争を起こしたが、それとは無関係にレズビアンコミュニティ自体が反権威主義的・反資本主義的な傾向から成功したビジネスを叩くようなことが多々あり、彼女たちが目指したような展開は起きなかった。

また1980年代からは、HIV/AIDS危機に際してサンフランシスコで開設されたAIDS末期患者のためのホスピスで働いていたレズビアンの看護師たちについても触れているほか、建設やトラック運転手などブルーカラーの現場で働いていたブッチレズビアンや、職にあぶれたブッチのパートナーを助けるためにセックスワークをしたフェムたちなど、規模でいうとそれほど大きくないとはいえ、ゲイ男性の労働史と比べ記録の少ないレズビアンの労働史を掘り起こそうとする努力が見られる。

本書はさらにトランスジェンダーの労働史についても少しだけ触れられているが、著者も認めるとおりそれはごく僅かな例の紹介でしかなく、別の本に期待したい。ただ、かつてゲイ&レズビアン運動では差別禁止法案にはトランスジェンダーを含めるべきではない、なぜならトランスジェンダーを含めた差別禁止法案が反対派を押し切って成立することは絶対ないからだ、と主張していたのに対し、現実の最高裁判決では先にトランスジェンダーへの雇用差別を性差別の一種とする論理が認められ、のちにそれが同性愛者にも適用されるという順番になったことを指摘しているのはおもしろい。