M. Nolan Gray著「Arbitrary Lines: How Zoning Broke the American City and How to Fix It」

Arbitrary Lines

M. Nolan Gray著「Arbitrary Lines: How Zoning Broke the American City and How to Fix It

近年アメリカの都市部における住宅不足やホームレス人口増加、住居の人種隔離などの原因として批判が高まるも、なかなか改善が進まない土地利用・建築基準の制度(ゾーニング)についての本。

日本では都市計画法により「商業地域」や「工業地域」など13種類の用途地域が定義されていて、その分類が全国に適用されているけれど、アメリカの土地利用規制は各自治体によってバラバラ。それらは20世紀前半に裕福な白人たちが自分たちの居住区から貧しい人や非白人(東部ならユダヤ人など、南部は黒人、西部はアジア人)を排除し隔離するために作り出したものが元になっており、時代の変化とともに細分化・複雑化。いまでは多くの都市において土地利用規制は専門の弁護士でなければ理解できないような何百ページもある文書になっており、なんらかの規制からの例外認定を受けなければほとんどなにも建てられないような状況に陥っている。

例外認定を受けるには、それぞれの市の委員会に例外を申請して認めらる必要があり、その際近所の住民や関係者の意見を聞くための公聴会も開かれる。しかし多くの市民にとっては近所になんらかの建物が建てられるたびに委員会に出席して意見を述べるほどの動機がなく、結局その建物が建てられることによって大きな利益を得る人か、あるいは大きな損失を抱える人だけの声が通ることになる。特に問題なのは、シアトル市を含む多くの都市において市の大部分は一軒家以外のアパートやその他の集合住宅の建設が認められないように決まっていて、そうした住宅の建設の恩恵を受ける人たちはまだその地域の住民ではないので公聴会の存在を気にかけることがない一方、自分たちより貧しい住民が増えることを嫌う周囲の一軒家の持ち主たちは出席して抵抗するので、例外認定を受けることが難しい。

そのため多くの都市では住居が常に不足しており、本来ならそこに住みたい人たちが別の街に移住したり、家賃が払えなくなってホームレスになる人が増えている。また、過剰な土地利用規制は車への依存を増やし、またより冷房・暖房が必要な地域への人口流出を生み出すなど無駄が多く、環境への負荷も高い。そうした問題を解決するために、著者は土地利用規制の廃止、もしくは大幅な緩和を主張する。

多くの人は、土地利用規制はたとえば、空気や土壌を汚染する工場や騒音や渋滞を起こす商業施設を住宅から隔離し、また歴史的価値のある建築物や環境を保護するためにあるという印象を持っているが、それらのほとんどは別の規制で行われている。モールのような大きな商業施設と小規模な家族経営の店舗では周囲に与える影響は違うはずなのに全く同じ扱いになっていたり、公共交通機関が充実した都市部と郊外では商業施設の面積や人口に対して必要とされる駐車場の広さは違うはずなのに画一的な規制がされているなど、現実にそぐわない規制も多い。また、それらの規制はその地域になにを作ってはいけないか決めるものであってなにを作るか指図できるわけではないので、いくら市当局がある地域を工場地帯にしたいと思ったり住宅をつくりたいと思っても、実際にそこに建てるのが合理的でなければ思ったとおりの都市は生まれない。

こうしたなか著者が手本として挙げるのが、日本とヒューストン。日本では上記のとおり13種類の用途地域が定義されていて、それが全国共通に適用されるので、一部の裕福な地域住民が自分たちの言い分を過度に押し付けるスキが小さい。アメリカでは住民がゴネるたびに新たな用途地域が設定された結果、ひとつの市のなかに百を超える異なる用途地域の種類が存在したりして無茶苦茶(それだけの地域に分けられているというのではなく、地域の「種類が」それだけある)。地域のことは地域で決めると言えば聞こえは良いけど、その地域の中の最も裕福なごく一部の人たちの声だけが反映されるような仕組みよりは、日本のような中央集権的な制度のほうが良い、という話。

いっぽうヒューストンは、アメリカでは珍しく市全体を対象とした土地利用規制が存在しない都市。これまでになんどか住民投票によって土地利用規制導入が問われたけれど、そのたびに住民たちが廃案に追い込んでいる。それを可能にしたのは政治的な妥協で、ヒューストンでは市全域を対象とした土地利用規制がない代わりに、市内の細かい地区の土地所有者たちがその地区のなかだけで土地利用を制限する協定を結び、それを市が支援する仕組みになっている。市全体をカバーするわけではないのである土地を買おうとする人はその協定に同意するかどうかによって判断することができ、過剰な制限のある土地は価値を失う。また協定は決まった年数で失効するので、その制約が必要かどうかそのたびに判断されることになる点も、一度決まってしまえばなかなか変えられない法規制よりは良い

こうした政治的妥協により、本当に排他的な一部の地域は協定を通してアパートの建設などその地域の住民が望まない開発が行われないことになったけれども、それはもともとそうした施設が立ちそうもない最も裕福な住宅街だけ。協定がない地域では環境保護や騒音などほかの合理的な規制に従う限りにおいてなにを建ててもいい。そしてそれに満足した富裕層は、市全域をカバーする土地利用規制をとくに要求しなくなり、その結果、規制導入に反対する一般住民たちの主張が通ってきた。だからこそヒューストンは全国4位の大都市でありながら、比較的家賃が安く住みやすい街となっている、と著者は指摘する。

ゾーニングの問題は、以前わたしが紹介したJenny Schuetz著「Fixer-Upper: How to Repair America’s Broken Housing Systems」でもアメリカの「壊れた」住宅政策を立て直すための最大のポイントの一つとして取り上げられていた。そちらの本ではミネアポリスで実施された「Minneapolis 2040」というプロジェクトが紹介されていたが、これは個々の建物の許認可をめぐる公聴会では反映されない大多数の住民の意見を取り入れるため、広範かつ長期的な都市計画の策定に市民を広く巻き込むものだった。本書ではこのプロジェクトには言及されていないものの、ミネアポリスが住民運動を受けて「一軒家だけしか認められない地区」を廃止した経緯や、オレゴン州など複数の地域や州での規制緩和の動きも紹介されている。