Leslie Kern著「Gentrification Is Inevitable and Other Lies」
前著「Feminist City: Claiming Space in a Man-made World」が話題を読んだフェミニスト地理学者による新作。現在多くの都市で進行しているジェントリフィケーションについての議論や研究をまとめ、そのなかで欠けている視点や論点を提示する。
ある地域により裕福な人たちが移住し住宅や公共施設が整備される結果もともといた住民たちが押し出されるジェントリフィケーションの問題は、その現象がロンドンで最初に発見され命名された時代とは大きくその性質を変化させている。それは個々の住人が個別に選んだ選択の集合として起きているようでありながら、実際には政府によって策定された税制・教育政策・再開発政策やそれを支え便乗するデベロッパー、そしてAirBnBに代表されるテクノロジー企業とそれらを野放しにする規制当局のあり方によって形作られている。
ジェントリフィケーションの進行はときに、もともと労働者階級や貧困層が住んでいた地域に安い家賃目当てで集まるアーティストや移民やクィアたち、そしてかれらを顧客として進出するカフェやヨガ教室のような新たな施設がジェントリフィケーションの尖兵として反感を受けがちだが、多くの場合かれら自身もほかの地域から押し出された結果その地域に流入しているのであり、新住民や新たな施設を攻撃しても解決しない。ジェントリフィケーションを特別な問題と捉えるのではなく、戦争や気候変動による難民、産業構造の変化、ドメスティックバイオレンスなどさまざまな事情で生じる人口流動の一つとして捉える必要がある。また、ジェントリフィケーションはただ旧住民の非自発的な流出だけではなく、コミュニティ自体の破壊・変質や社会規範の変化、警察や行政による取り締まりの強化などさまざまな形の変化を伴うため、立ち退きを免れた人たちも慣れ親しんだ地域社会を奪われ、生活基盤を壊される。
ジェントリフィケーションにはあまりに複雑な原因が入り組んでいるため、それがまるで自然に起こるものだとか、不可避なものであるかのように論じられることが多いが、著者はそうした考え方は間違っているとして、ジェントリフィケーションに対する効果的な抵抗の実例を世界各地から紹介する。それは住民たちが協同組合を通して住居を共同管理する仕組みであったり、住民の非自発的な流出を止めるための政府の規制であったり。また著者はジェントリフィケーションが階層の問題としてのみ議論されがちな点を批判し、必要な視点としてとくに女性やクィアの経験に注視したジェンダーやセクシュアリティの視点、奴隷貿易と人種隔離の経験を取り入れた反人種差別主義的視点、そして入植植民地主義による先住民の立ち退きの延長線上にジェントリフィケーションを捉える脱植民地主義の視点の三つを提示する。
ジェントリフィケーションの問題についてはわたし自身大学時代に興味を持って、ポートランドでジェントリフィケーションについて取り組むグループに一時期参加していたのだけれど、そのグループでは伝統的な黒人コミュニティを守るためとして数世代前から家を受け継いでいる黒人家庭がデベロッパーに騙されて安く家を売り渡さないような活動を中心としていて、その価値は分かるのだけれど同時に同じコミュニティの中で持ち家を持たずに賃貸している黒人やホームレスの人たちが軽視されているように感じた。当時読みたかった本だけれど、いまからでも遅くはないので周囲に勧めたい。