Kerry Howley著「Bottoms Up and the Devil Laughs: A Journey Through the Deep State」

Bottoms Up and the Devil Laughs

Kerry Howley著「Bottoms Up and the Devil Laughs: A Journey Through the Deep State

2016年大統領選挙においてロシアがトランプを当選させるために投票システムにハッキングし少なくとも一箇所で実際にシステムに侵入した証拠の機密文書をメディアにリークしたとして逮捕・起訴されたNSA(アメリカ国家安全保障局)通訳のリアリティ・ウィナーさんについての本。

本書はウィナーさんの生涯についての伝記であるとともに、際限なくデータが生成・保存される現代に対する問題提起の本でもある。彼女がおかしたとされる「スパイ行為」自体は大したことではなく、当時すでにロシアがアメリカの選挙に介入しようとしていたことは広く知られていたし、彼女自身もそれほどの覚悟をしたわけでもなく「これは国民が知るべきだ」と思って職場の些細なルール違反程度のつもりで情報漏洩をしてしまったっぽい。しかしリークを受けたメディアがその文書を確認のためにNSAにそのまま見せた結果、どのプリンタから誰のIDで印刷されたか特定されてしまい、あっけなく逮捕される。

昨年、トランプが大統領退任後に機密文書を自身の住居に保存していたことが問題とされ、連鎖的にバイデンやペンスの自宅やオフィスからもそれぞれ副大統領だったときにアクセスしていた機密文書が発見された。たまたまミスで文書の扱いを誤ってしまったと思われるバイデンやペンスと、文書がそこにあることが判明したあとそれを隠そうとしたトランプとでは深刻さが違うとはいえ、そういうミスが生まれるほどアメリカ政府のなかでは毎日大量の機密文書が生成され、そのほとんどは本来であれば機密にするような必要のないたわいのない内容だ(だから手軽に扱われてしまう)。閣僚や政府関係者による機密文書のメディアへのリークも日常的に行われており、それらは厳密には違法行為だけれど、ほとんどの場合問題とはされない。ウィナーさんにとって不幸だったのは、「ロシアによるアメリカ大統領選挙への介入」というトピックが当時のトランプ政権にとっては絶対的なタブーであり、大統領本人が「根拠のないフェイクニュース、魔女狩り」と呼んでいる件についてNSAが掴んでいる事実を公にしてしまったことだ。

逮捕されたウィナーさんは、自身が深刻な間違いを犯してしまったことにはすぐに気づいたけれども、それでも空軍とNSAで何年ものあいだ国のために働いてきた自分が間違いを認めて謝ればそれほど酷い罪には問われないだろうと考えていた。しかし裁判では、彼女が軍でペルシア語やダリー語、パシュトゥー語といったアフガニスタンで話されている言語について学び現地の人たちと触れ合いたいと語っていたことや、アメリカ政府への不満をソーシャルメディアで語っていたことなどが次々挙げられる。検察官によってジョークとして言ったことや大げさな表現、皮肉などが悪意ある方向に引用され、まるで彼女がアフガニスタンの反米テロリストに共感を示す反米主義者であるかのような糾弾を受けた。

際限ないデータ生成・保存が個人のソーシャルメディアのレベルでも国家の機密文書でも起きていておかしな現象を生み出している、という問題提起はたしかにそうだよなあと思うのだけれど、ウィナーさんの伝記とデータの問題がごっちゃになってちょっと読みにくいと感じたのも事実。タイトルも分かりにくいし、著者の狙いが野心的すぎたかも。あとリークを受け付けるメディアはもっと責任持てバカ。