Julia Shaw著「Bi: The Hidden Culture, History and Science of Bisexuality」

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Julia Shaw著「Bi: The Hidden Culture, History and Science of Bisexuality

バイセクシュアル(両性愛)な本。著者は犯罪心理学者で、最初は「え、犯罪心理学者がバイセクシュアリティについて書くの?」と思ったけど、著者は犯罪心理学者である以前にバイセクシュアル女性で、自分が読みたいと思うバイセクシュアルについての本がないから心理学者としてのリサーチ力を使って自分で書いた、という話。実際のところ、本書の大部分はほかの本ですでに語られてきたことの繰り返しだと思うのだけれど、さまざまな研究や話題となったニュース、セレブリティゴシップなど交えつつあまり世間に知られていない課題についても一つにまとめた本としての価値は高い。ただまあ「生まれか育ちか」みたいな話で周囲の影響を重視する立場を(社会学習論、環境要因論ではなく)「社会構築論」と呼ぶあたりは、ああこれだから心理学は以下略。

同じバイセクシュアルでも男性か女性かによって置かれている状況は違うし、人種や階級などによっても経験はさまざま。わたしが特に考えさせられたのは、バイセクシュアルとして迫害を受けアメリカやヨーロッパへの亡命を希望している人たちの経験について。ゲイコミュニティを含め一般社会ではバイセクシュアリティについて「本当は同性愛か異性愛かのどちらかだけれど混乱しているか嘘をついている」「過渡的なもの」「どちらもいけるなら異性愛者として生きればいい」的な偏見が強いけれども、そうした偏見は亡命を希望しているバイセクシュアルの人たちにとってはゲイである以上の障害となって立ちはだかる。バイセクシュアルなら異性と結婚すれば祖国でも生きられるではないかと言われたり、本当は異性愛者なのに亡命したいがために同性にも興味があるように言っているだけだろうと決めつけられるなど。同性愛者なら実際に同性と付き合ったりセックスした事実を示せば(それでも認められないことはあるけれども)良いのだけれど、バイセクシュアルだと言うと自動的に嘘をついているとか本当は好きじゃないのに亡命するために演じているとか判断されたり。

男性と女性でバイセクシュアルの経験が違うというなかで、バイセクシュアル男性はエイズ危機の時代には「ゲイ男性とセックスしてHIVに感染して異性愛コミュニティに持ち込むベクター」扱いされていた一方、同じ時代にバイセクシュアル女性はレズビアンたちによって「敵である男性とセックスする裏切り者」だと叩かれた、と著者は書いているのだけれど、これって同じ時代ではないと思うし、レズビアンフェミニズムとレズビアンは違うんだけどな(むしろ当時のレズビアンフェミニストは人間は全員潜在的なバイセクシュアルだと考えていた人たちであって、だからこそ女性はみな政治的にレズビアニズムを選択するべきだと主張した)、とかフェミニズム理論畑のわたしは思うわけだけど、まあ心理学だし以下略。

いやいや貶してないよ。ほかにも、バイセクシュアルに対する職業差別がゲイに対する差別とは独立して存在することや、3人でセックスする際に男性が2人なのか女性が2人なのかでどう違うかとか、どういう場合に異性愛者は自分の異性愛者としての自認を脅かされずに同性とのセックスをするのかなど、さまざまな研究の紹介はさすが。あと、ケイティ・ペリーの「I Kissed A Girl」について当時若かった時にはバイセクシュアルの歌だと思って喜んでたけど今聴き直すと酷い、と思い直したりとか、レズビアンバーに彼女と一緒に行ってキスしてたらお互いフェムすぎたせいかそこにいた人たちに「あんたたち(がレズビアンだとは)信じないよ」と余計なお世話なことを言われたとか、個々の小ネタになっちゃうけどバイセクシュアリティについておもしろい話もたくさん書かれているいい本だと思う。

あと、「バイセクシュアルという言葉は男と女という性別二元性を前提としておりそれを強化する」というありがちな批判を著者は気にしているっぽく、序盤に何度か「バイセクシュアリティは性別二元性を強化しない」と繰り返している彼女によるとバイセクシュアルのバイは確かに「2つの」という意味だけれど、それは男と女ではなく、ホモセクシュアル(同性愛)のホモ(同質性)とヘテロセクシュアル(異性愛)のヘテロ(異質性)のことで、つまり著者によればバイセクシュアルとは、自分と同じタイプの人と自分とは違うタイプの人のどちらにも惹かれる、という意味らしい。また実際の研究でも、バイセクシュアルを自認する人と、それよりも広く全てのジェンダーの人に惹かれるという意味で使われるオムニセクシュアルやパンセクシュアルを自認する人たちのあいだに大きな違いはなく、バイセクシュアルを自認する人はオムニセクシュアルやパンセクシュアルを自認する人たちに比べてトランスやノンバイナリーの人たちに興味を持たないという根拠はないという話。