Jessica Wilson著「It’s Always Been Ours: Rewriting the Story of Black Women’s Bodies」

It's Always Been Ours

Jessica Wilson著「It’s Always Been Ours: Rewriting the Story of Black Women’s Bodies

摂食障害を専門とする黒人クィア女性栄養士が、白人男性健常者の研究をベースとした栄養学や白人女性患者を対象として発達した摂食障害へのケアを批判し、黒人女性が置かれた社会的状況をきちんと考慮に入れることを訴える本。

摂食障害治療の業界では、痩せた白人女性が「自分は太っている、もっと痩せないといけない、そうでないと愛されない」という強迫観念に囚われているパターンを基準にさまざまなガイドラインやプログラムが作成されていて、したがって認知療法によって認知の歪みを是正し、強迫観念を解消することが治療とされている。しかしSabrina Strings著「Fearing the Black Body: The Racial Origins of Fat Phobia」などが明らかにしているように、アメリカ社会における肥満への恐怖には黒人(女性)へのレイシズムが根源にあり、黒人女性にとってそうした強迫観念は根拠のない「歪んだ認知」ではない。黒人女性にとっては、髪や体型などにおいて可能な限り白人に近づくことが仕事を得たり周囲に認められることと直結しており、黒人社会自体がそれをリスペクタビリティの政治として内面化してしまっている。

「健康は体型や体重に依存しない」という考えを掲げるファット・ポジティヴやボディ・ポジティヴの思想は、体型や体重によって引け目を感じてきた多くの人たちを救ったが、体型や体重が「健康」という基準に置き換わっただけで、それを得るために個人が消費行動を変えるべきだ、そして「健康」になれない人は適切な消費行動を取ることができない無知あるいは意志の弱い人だ、として善導や非難の対象とされる点は変わらない。そうしたネオリベラルな論理によって職場や住居の環境や収入といった社会的な要素が無視されるだけでなく、ソウルフードをはじめコミュニティにとって深い意味のある食の伝統が「恥ずべきもの」として隠したり避けたりしなくてはいけなくなってしまう。

2020年のブラック・ライヴズ・マター運動の盛り上がりを経て、栄養学や摂食障害臨床のシンポジウムなどに「ダイバーシティ枠」として呼ばれた著者が発言をことごとく「感情的」「科学的ではない」などと否定されるのと対象的に、著者のもとを訪れる黒人やその他の非白人の女性たちは自分が抱えている食に関する課題がより大きな社会的な構造やそれが生み出すトラウマに繋がっていることに気づき、その文脈のなかで食との向き合い方を変えていく。また著者自身、ディスアビリティ・ジャスティスを掲げる障害者によるアートのグループSins Invalidと出会い、自身が抱えている障害を受け入れ、公私ともに健康主義にとらわれない自分自身の身体との関係性を深めていく。

Chrissy King著「The Body Liberation Project: How Understanding Racism and Diet Culture Helps Cultivate Joy and Build Collective Freedom」やDa’Shaun Harrison著「Belly of the Beast: The Politics of Anti-Fatness as Anti-Blackness」とともに読まれてほしい。