Jen Soriano著「Nervous: Essays on Heritage and Healing」
慢性痛と不安症に悩まされてきたノンバイナリー・フェム自認のフィリピン系アメリカ人の著者が、幼いころ両親から感情的なケアを受けてこなかった自身のトラウマと向き合うところから始まり、その両親たちがフィリピン系移民として経験した世代間トラウマ、さらにスペインとアメリカの植民地主義や日本による侵略戦争によって祖父母やフィリピン社会が経験した歴史的トラウマまで自身の生きづらさの根源を探り、フィリピン系の仲間とはじめた音楽活動や、一時は絶対産まないと決めていた子どもの出産・子育てを通して歴史的な癒やしを展望するエッセイ集。
タイトルの「ナーバス」は神経という意味だけれど、精神的な神経質という意味から、神経性疼痛、自律神経の不調、神経衰弱など著者が抱えるさまざまな健康上の問題に関係するとともに、世代を超えて伝わるエピジェネティクス的なトラウマの蓄積を神経系に見立ててもおり、トラウマにまつわる科学的研究、フィリピンとフィリピン系移民の歴史、障害やニューロダイバーシティやノンバイナリーの身体性についての考察などとともに多彩なエッセイ集をうまくまとめている。
音楽活動や執筆・パフォーマンスを通して自分と自分の家族や祖先が経験したトラウマと向き合うことを経て、本書の最後では以前なら身体的な負担や精神的な準備の欠如とトラウマをさらに次世代に引き継がせてしまう恐怖、さらには性自認的な理由からも絶対に産まないと決めていた子どもを妊娠・出産して子育てするなか、エピジェネティクスを通してトラウマの結果が伝わってしまうのは仕方がないにせよ、それに対抗するような癒やしの蓄積を次世代に繋げようとする、希望を持てる内容。本書の内容をイメージした表紙と同じくらい美しい文章が集まっている。