Hamilton Nolan著「The Hammer: Power, Inequality, and the Struggle for the Soul of Labor」
かつてオンラインメディアGawker Mediaで労働組合を組織した労働ジャーナリストが全国各地の労働運動の現場からその現在と可能性をまとめた本。
著者がジャーナリストとして最初に職を得たGawkerはタブーの少ないオンラインメディアとしてゴシップや刺激的な意見などを掲載し、最終的にピーター・ティールによる裁判攻勢によって破産に追い込まれたのだけれど、そうなる前、自由な編集方針のなか著者は労働問題を専門として取り上げていた。競合するオンラインメディアの労働者を組織化する試みについて取材するうちに自社で労働組合を設立することを思い立ち、オンラインメディアではVICE、Slate、Huff Postなど他社に先駆けて労組結成。以降、実際に労働運動に参加した経験をもとに労働ジャーナリストとして活躍の場を広げていく。
本書が取り上げるのは、レーガン政権以降、大企業や政治による攻撃から既存のメンバーの利益を守ることに集中するあまり労働運動を拡大することを放棄してしまった主流の労働組合と、その外側であくまで新たな労働者を運動に巻き込み運動を拡大しようとする各地の活動家たちの取り組み。組合員が支払う会費で運営されている以上、将来加わるかもしれない労働者より現に会費を払っている組合員の利益を代弁するのは組織としては筋が通っているけれども、そうして運動の拡大を諦め、民主党とのパイプを太くすることで現メンバーの利益を守ろうとする主流の労働組合は運動全体を先細りさせている。著者は、それを改革しようとするフライトアテンダント組合代表のサラ・ネルソン氏(Kim Kelly著「Fight Like Hell: The Untold History of American Labor」の序文も書いている人)やラスヴェガスの観光産業の首元を押さえることで大きな力を得た労働運動、カリフォルニア州政府と交渉する権利を獲得した個人託児所を運営する移民女性たち、既存の労働組合からの支援が受けられなくても全国展開している企業をターゲットとして連携し成功をおさめているスターバックスやアマゾンの労働者たちなど、労働運動を拡大し影響力を勝ち取ろうとしているさまざまな取り組みを紹介する。
トランプ政権時代の2018年から2019年にかけて議会の対立で一ヶ月以上も連邦予算が成立せず、連邦政府からの給料が支払わられなくなった空港職員らに連帯してゼネラル・ストライキを呼びかけトランプ大統領から妥協を引き出したのは政治家ではなくネルソン氏だったと言われているし、ラスヴェガスではホテルやラストランなど基幹産業である観光業界をストライキで一斉に閉鎖に追い込むことができる実行力を背景に労働組合が政治家よりも強い力を得るなど、使いどころをうまく選べば労働運動はいまでも強い力を行使できる。しかしどこかの職場で組織化の動きがあると経営者側はすぐに労組潰しの専門家を導入し徹底的に叩いてくるのに対し、労働運動の側には新たな組織化の動きに即応して支援するような仕組みはほとんど存在しない。労働組合は自らを既存のメンバーの利益を守る利益集団としてではなく、すべての労働者の権利を守るための運動の一部なのだと位置づけ直し、年々進む組織率の低下や労働者に対する法的な攻撃に対抗していく必要があると著者は論じる。