Gal Beckerman著「The Quiet Before: On the Unexpected Origins of Radical Ideas」

The Quiet Before

Gal Beckerman著「The Quiet Before: On the Unexpected Origins of Radical Ideas

社会を大きく変える革命や大規模な市民の一斉蜂起はそれが起きる瞬間が注目されがちだけれど、歴史的には、そこに至るまでには少数の人たちが世間から隔絶された場所で意見を交わして大きな変化につながる準備を重ねていたのが常であった、と説明する本。しかし現代ではソーシャルメディアを含めたメディアがシェアは視聴率を稼ぐためにさまざまな事象を一時的に「炎上」させる力が強くなりすぎて、そうした静かな準備を経た社会運動が成り立ちにくくなっていることに著者は警鐘を鳴らす。

本書では19世紀のイギリスで起きた参政権要求運動や20世紀前半のガーナの反植民地主義運動など歴史的な事例から、1990年代のライオット・ガール運動、2011年のエジプト革命、2020年のブラック・ライヴス・マター運動などより最近の運動までさまざまな例を挙げながら、それらの成功と失敗を分析している。たとえばライオット・ガールについて言えば、ジンという独自のメディアを通してそれまでのパンクシーンでは語られて来なかった女性特有の経験について語り合うということに成功しつつも、ある時期から大手メディアに面白おかしく取り上げられたあげく、スパイス・ガールズの「ガールパワー」という商業化されたバージョンをぶつけられてアイデンティティを失った歴史について記述されていて、納得できる内容。

エジプト革命やブラック・ライヴス・マター運動については、ソーシャルメディアを利用して一時的に成功したものの、実際の政策実現に結びつける組織化はうまくいかなかったが、それはより過激で受け手の感情を揺さぶるコンテンツを拡散する仕組みのソーシャルメディアが利害のすり合わせや妥協を必須とする実際の政治のプロセスを助けるのではなく破壊するものであったからであることと無関係ではない。と同時に、ブラック・ライヴス・マターについての章では2020年の盛り上がりのあと、それを教訓により効果的な運動へと繋げようとしている人たちの試みも紹介されている。

コロナ危機に際してトランプ政権が責任を果たさないどころか政府関係者が科学に基づいた発言をすることを許さない姿勢を示すなか、政府にかわってデータを持ち寄って被害を少しでも抑えるよう尽力した公衆衛生専門家たちのネットワーク、通称「レッド・ドーン」についての章は、現代において少数の人たちが一般社会から見えないところで結束して成果をもたらした事例。また決して良い例ではないけれども、Twitterをはじめとする一般のソーシャルメディアから排除された結果、よりニッチなサイトを通して濃い交流を繰り返すことになり大きく広まった白人至上主義者たちの事例も、ある意味参考になる。最終章ではより長期的な運動の成功をもたらすソーシャルメディアの条件について論じられている。