Eric Garcia著「We’re Not Broken: Changing the Autism Conversation 」

We're Not Broken

Eric Garcia著「We’re Not Broken: Changing the Autism Conversation

現在では自閉症スペクトラム障害(ASD)と呼ばれるようになった診断を受けた人たちの当事者運動の視点から社会の変革を求める本。著者はメキシコ系アメリカ人の政治記者で、自身もASDの診断を受けており、自分の経験も交えつつ当事者たちの声を紹介している。ワシントン・ポスト紙など一流メディアで仕事をしてきた著者のような人は「高機能自閉症」と呼ばれたり、あるいは自閉症を「乗り越えた」成功例と見做されがちな一方、言葉でコミュニケーションを取れないなどより重い障害のあるASD当事者とはまったく異なるように区別されることが多いけれども、著者はASD当事者のあいだのさまざまな違いは認めつつ、それでも自分はASDのない人よりはほかのASD当事者に近い経験をしているとして、他人からは見えにくい日常的な困難を説明する。近年ASDは異常ではなく人間の多様性の一部だとみなすべきだと主張するニューロダイバーシティの考えが広まっているが、それに対して「そんなこと言っているのは高機能な当事者だけ」という反論もあるなか、著者は「高機能/低機能(知的障害)」という用語による当事者の分断に抵抗する。

またコンピュータに強い(というか、人間よりコンピュータをより深く理解している)白人男性、というイメージのもとに、一部でASD当事者がシリコンバレーの原動力とみなされるステレオタイプにも反論、全員がSTEM(科学、技術、エンジニアリング、数学)に強いわけでもないし、白人や男性以外の当事者が見過ごされがちな事実を指摘する。ASD当事者、とくに黒人のASD当事者は言動を警察に誤解されて射殺される危険が高かったり、ASD診断の基準が男性的なステレオタイプに偏っているために女性当事者が診断を受けられなかったりするなど、白人男性当事者を元にしたステレオタイプのせいで、非白人や女性、移民、クィア&トランスの当事者らが結果として必要なサービスや配慮を受けられず見過ごされている。また著者は、サイモン・バロン=コーエンの「超男性脳理論」や共感性能力の理論に対しても、それがステレオタイプに基づくことや、当事者に与える影響から批判している。

政治記者の著作らしく終盤では、Autism Speaksなど伝統的な自閉症関連団体(だいたい当事者ではなくその親の組織)が主張してきた科学的なASDの原因究明や予防・治療ではなく、当事者の自己決定権尊重と社会的承認、日々の困難を解決するためのサービスの拡充などを主張する最近の当事者運動が政治に影響を与えてきている様子が報告されている。本書で紹介されているように、トランプは昔からAutism Speaksと関係が深く、さらに科学的に否定された「ワクチン原因論」を煽ったりもしたけれども、2020年の大統領選挙ではエリザベス・ウォレン、カマラ・ハリスなど複数の民主党大統領候補がASD当事者団体ASANの影響を受けた「障害者の権利」についての政策プラットフォームを発表したほか、バイデンはコロナ対策においてASD当事者を含む障害のある人たちのためのプランを提示した。こうした動きを受け、Autism Speaksでも「ASDの根絶」という目標は撤回され、はじめてASD当事者が理事に就任するなどの変化も。いままさに政治的な力を掴みつつある運動の現在と将来的な展望を垣間見ることができる本。