Eliza Reid著「Secrets of the Sprakkar: Iceland’s Extraordinary Women and How They Are Changing the World」

Secrets of the Sprakkar

Eliza Reid著「Secrets of the Sprakkar: Iceland’s Extraordinary Women and How They Are Changing the World

カナダ出身でアイスランド大統領夫人となった女性による本。アイスランドといえば世界で最も男女平等が進んでいる国の1つと言われていて、1980年に世界で初めて選挙で選ばれた女性国家元首を排出したほか、男女ともに与えられる出産・育児休暇や充実した育児支援、無償に近い平等な高等教育などが世界的にも注目を集めている。著者は留学先のイギリスで歴史学を勉強していたアイスランド人の男性と出会い結婚しアイスランドに移住、その夫が2016年に選挙で大統領に選出された。アイスランドの大統領は国家元首だが政治的な実権は小さく、儀礼的な地位。

この本の主題は、世界が注目するアイスランドの「女性の活躍」について。政治やビジネス、家庭、学問、農業、アート、音楽(ビョークだけじゃない!)などさまざまな分野において、女性が実際にどのように社会を変えているのか、著者が出会った多くの女性たちとの会話を通してその様子が生き生きと紹介されている。数字のうえでは男女平等が進んでいるように見えるアイスランドでも、実際には家事の負担が平等ではなかったり、夫婦で行っている事業の名義が夫だけのものだったり、あるいは昔ながらのコミュニティの中ではリーダーは男がなるのが当たり前みたいな常識もあったりして、まだまだ完全な平等には程遠いという当事者たちの思いがわかると同時に、それでも行き届いた制度的な育児支援や社会保障制度、そして比較的緩い性役割規範や性規範のダブルスタンダードなどは羨ましい。そしてさらに羨ましいのは、性暴力やドメスティックバイオレンスの被害者やシングルマザーに対する支援が充実しているだけでなく、そういう人たちに対する社会的スティグマが希薄であることだ。

著者は移民女性として自身が経験した不便さや不満、たとえば何年住んでもアイスランド語が話せない外国人だと思われて仕事をもらえなかったり、そうでなくても外国人扱いされるなどについても書いていて、それでも自分はカナダ出身の白人であり高等教育を受けた移民だから有利であり、そうした背景を持たない非白人の移民や難民は同質的な(遺伝子的には、ほとんどの国民は6〜7世代遡ればどこかで繋がっているという)アイスランド社会で受け入れられるのに苦労している、とも書いている。著者が紹介するような社会制度や規範の緩さ、寛容さは、ある程度そうした同質性のうえに成り立っていて、非白人の移民やその子孫にとってのアイスランド社会はもっと厳しいだろうし、今後そうした移民や難民が増えた場合、ほかのヨーロッパ各国と同じように反移民的な動きも強まるおそれが大きい。

著者によるとタイトルの「sprakkar」とはアイスランド語のスラングで素晴らしい女性たちのことだけれど、アイスランド人だけでなくどの国の女性だってsprakkarになれる、とも著者は書いている。アイスランドの社会的制度は日本やアメリカのような大きな人口や多様性を抱える国ではそのまま導入はできないだろうけれど、それでもこの本で紹介されているアイスランドの状況と、わたしたちから見ると羨ましい状況にあっても次の世代のためにさらに良くしていこうとしているアイスランドの女性たちには本当に勇気づけられる。