Claire Dederer著「Monsters: A Fan’s Dilemma」
ロマン・ポランスキーやウディ・アレンの映画を愛するシアトル近郊在住の批評家が、私生活で女性や子どもに性暴力をふるうなど許しがたい行為を行った偉大なアーティストの作品にどう向き合うべきか考える本。
古くはゴーギャン、ピカソ、ヘミングウェイら、その偉大さゆえに私生活の逸脱を免罪されたり、ワグナーのように「本人の生き方と作品は切り離して評価すべきだ」とされてきた「天才たち」から、現代のMeToo運動やいわゆる「キャンセルカルチャー」をめぐる議論まで、さまざまなジャンルのアートにおける事例を参照しながら、著者は個々の観客がどのようにそれらの作品に応対するか、規範の問題としてではなく感情の問題として向き合う。
アーティストの言動に対するフェミニストらの批判に対して男性批評家たちはよく「作者と作品は切り離すべき」と反論するが、著者はそうした考え方自体が白人中心主義や男性中心主義のなかで生まれた歴史的に特有の思想であることを指摘。たとえば女性や非白人によるアートはその作者性と切り離そうとしても切り離されないのに、白人や男性のアートはその作者が白人や男性であることと切り離された「普遍的な」アートとみなされているのはそのために過ぎない。
また多くの男性アーティストが「女性への暴力」が近年問題とされてきたのに対し、ドリス・レッシングやジョニ・ミッチェルのように女性アーティストは「子どもを持たないこと、子どもを育児放棄したこと」が非難に繋がる。しかし子どもを育てることは多くの女性にとってアーティストとしての活動を断念することに繋がるため、女性アーティストは女性であることで子育てを放棄しても非難されない男性アーティストに比べ活躍の機会を奪われる。あるいは彫刻家の夫に殺されたと思われる写真家アナ・メンディエタのように男性の暴力によって作家人生を終えた女性アーティストたちも。キャンセルカルチャー以前の問題として、アーティストとしての活動がキャンセルされた結果生み出されることがなかった偉大なアートがどれだけあっただろうか。
アートを鑑賞するということは作品自体をニュートラルに経験することではなく、作品を通して作家の人生と観客の人生を交差させ新たな意味を生み出すことだと著者は主張する。本書は問題とされた作家や作品をキャンセルするのではなく、しかし作品の価値とは無関係として作家たちの暴力的もしくは差別的な言動を無視するのでもなく、より豊かな観賞のための指針を与えてくれる。