Chelsea Manning著「README.txt: A Memoir」

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Chelsea Manning著「README.txt: A Memoir

陸軍情報分析官として派遣された先のイラクで米軍と米国政府がひた隠しにしていたイラク戦争の真実をウィキリークスに情報漏洩して2013年に逮捕された著者チェルシー・マニングの回顧録。

暴力的な父親とアルコール依存の母親という離婚した両親のあいだを行き来しつつ、学校でも「男らしくない」といじめられながら育った著者はインターネットの4chanにのめり込み、ハッキングコミュニティに居場所を見出していく。IRCチャンネルを通してハッカー集団アノニマスの活動に参加するなどしたが、父親および父が再婚した継母によって家から追い出され、父親のトラックを勝手に運転して大都市のゲイコミュニティを目指す。はっきりセックスワークをしたとは書かれていないけれども、ゲイクラブで年上の男性を見つけてはその日の寝場所や「ガソリン代」という名目でもらうお金と引き換えにその日限りのセックスを繰り返し、時には性暴力を受け、セックスワークをしていた地元の若い男性たちからは狩場を荒らす余所者として敵視されたとか。そういうなか、自分の人生を立て直そうとイラク戦争への人材を必要としていた軍に入隊。適性が認められて情報分析官としての地位を得る。

著者がイラクでの経験について語る部分では、米軍による非人道的な行為の頻発と米軍内部のいい加減な運営が印象的。情報分析官として毎日多数のイラクの民間人が米軍によって殺される動画と、それが嘘や誇張によって正当化される過程を目撃し続ける一方で、通信が頻繁に途切れることからオフィス内ではネットワーク上の機密をダウンロードしてきてCDに焼いて共有することが一般化。さらには違法コピーされたアメリカの音楽や映画やクラックされたゲームなどが機密を扱うコンピュータにインストールされ娯楽に使われる。そういう状況だからこそ著者があっさりと機密をCDに焼いて持ち出すことができたわけだけれども。

もともとホームレス時代にパニックや不安症でカウンセリングを受けていた著者は、危険のなか毎日多くの死を見続けたことがトラウマとなり症状を再発。さらに自分はトランスジェンダーであるという思いが強くなるなか、上官などから同性愛者として嫌がらせを受けていた(当時は「Don’t Ask, Don’t Tell」のポリシーがあった時代で、同性愛者は自ら同性愛者であることを明らかにしなければ解雇されない決まりになっていたけれども、同性愛者だと目された人に対する嫌がらせは横行していた)。精神的に不安定とされカウンセリングを受けさせられるも、トランスジェンダーであることはもちろん、機密に触れる権限を持たないカウンセラーには自分が見聞きしたことを話せなかった。著者が米軍の機密を持ち出しウィキリークスに流したのはもちろん「米国政府は国民にイラク戦争の真実を伝えていない」という事実に対する告発の意図があったのだろうけれど、それと同時に、なんとかして自分が置かれている状況から逃れたい、しかしそれは認められない、という心理的に追い詰められ冷静に選択肢を吟味できないような状態も関係していたように思う。

著者が流した内部文書がウィキリークスやそのメディアパートナーによって報道された結果逮捕された彼女は軍刑務所に収容され敵勢力への幇助罪を含む多数の罪で裁判にかけられるが、自殺の危険ありと判断され、他の収容者との交流を禁じられ常に監視されるだけでなく首つりに使える危険があるとして服まで奪われるなど通常以上の厳しい扱いに。裁判中にエドワード・スノーデンがアメリカの情報機関による国民監視を証明する機密文書をメディアにリークしたあとロシアに逃亡すると、スノーデンを処罰できない分、余計に著者を見せしめに重罰に問う姿勢を政府は見せた。トランスジェンダーであることは裁判で余計に不利な扱いを受けないように黙っていたけれども、35年の刑を言い渡されたあとに公表すると、多数のトランスジェンダーの若い人たち、とくにトランスジェンダーであることを隠して軍隊に入っている人たちからの手紙を受け取るようになる。

著者の行動が違法であったことは確かだけれども、アメリカ政府がイラク戦争の実態を国民に告げずに嘘の報告ばかりしてきたことを暴露した功績は多くの人から称賛された。2016年の大統領選挙でトランプが当選すると、トランプが大統領就任後に著者をグアンタナモ収容所に移送するなどの酷い扱いをするのではないかという懸念が高まり、任期終了間際のオバマ大統領が減刑を発表。2017年5月に釈放される場面で回顧録は終わる。

著者がトランスジェンダーとしてカミングアウトしたのは、ジャネット・モックやラヴァーン・コックスがメディアに登場する1年前で、ケイトリン・ジェナーがカミングアウトする2年前。これまでわたしが彼女について触れてきた情報は彼女がリークした情報やその影響、そして収監されてからの彼女の行動などだったけれど、彼女が軍に入るまえにどういう人生をたどってきたのか、イラクで彼女はなにを見て感じていたのか知って、より親しみを感じると同時に、軍による他国の武力占領というものは占領された側はもちろん占領する側の人たちにもトラウマを生む非人道的なものだという思いを強くした。