Ava Chin著「Mott Street: A Chinese American Family’s Story of Exclusion and Homecoming」

Mott Street

Ava Chin著「Mott Street: A Chinese American Family’s Story of Exclusion and Homecoming

移民世代から五世にあたる中国系アメリカ人の著者が、幼いころ家族を捨てた父親とその祖先について調べるところから、五世代に渡る中国人たちの移住と受難の歴史を明らかにしていく、すごい本。いや、ものすごい本。アルファベット表記の中国系の名前が覚えにくいこともあり本の最初に掲載されている家系図を何度も見ることになるので、電子書籍で読む人は家系図のページだけスクリーンショットを撮って別アプリですぐに見られるようにしておくといいよ!(経験者談)

Mott Street Family Tree

ふつう家族史を調査する際は、一家に伝わる話を出発点として、出生届や婚姻届、国勢調査、納税記録などさまざまな公的書類で裏付けしていく手法を取るけれど、中国系アメリカ人の歴史についてはこの限りではない。なぜなら労働力として19世紀中盤に移住を認められた中国人たちは鉄道などインフラ整備が完成するとともに排斥の対象となり、1882年の中国人排斥法をはじめとする一連の政策により移民が厳しく制限されたから。それにより新たな移民が禁止されただけでなく既にアメリカに住んでいた中国系移民たちが故郷の家族と再開するために一時帰国したあと再入国することも難しくなったが、そうした制限をかいくぐり家族を守るために多くの移民たちは架空の家族関係や雇用関係をでっちあげて対抗した。

また1906年にサンフランシスコ大地震で出生届を保管していた政府機関の建物が倒壊した際には、多くの中国人移民たちが自分や自分の家族はアメリカで生まれたアメリカ市民だと偽って市民権を獲得した。それらの不正は中国人移民だけを対象とした人種差別的な移民制度に対抗するために行われたものだったが、入国時点だけでなくその後も一生のあいだ名前や経歴を偽って生きる必要性を生み出し、摘発され国外追放されることを恐れた。中国系アメリカ人に関する公的書類はそうした抑圧と抵抗の歴史をそのまま残しており、移民たちが代々伝えてきた家族のストーリーを裏付けるのではなくその裏側を伝えるフィクションとして読む必要がある。

著者は公的書類の裏を読むとともに家族・親戚やかれらを知る人たちにインタビューしたりかれらの故郷を尋ね、彼女に繋がる祖先の歴史を再構成していく。この取材力がとにかくすごいし、そこで明らかにされる中国系移民たちの、ときにアウトローな力強い生き方と誇りがおもしろい。禁酒法時代に自宅で米を使ったお酒を密造したり、日本軍による南京占拠を聞いて中国人を支援するための活動をはじめるなど、歴史の節目にどう反応したかという話とともに、入国するために長期に渡ってエンジェル島に拘束されていた人たちの経験や、インターセックス(性分化疾患)だったと思われる祖先の女性の話なども。

中国系アメリカ人の移民の歴史について表面的にしか知らなかったこと、あまり知られていないことを、ある一家の家系をたどることでリアルな実感として示してくれる。1965年の移民法改正以降アジア人移民に対する極端な規制は撤廃されたけれど、非白人の移民に対する差別的な不信感をベースとした理不尽な移民行政はいまも続いており、アジア系アメリカ人たちがより公正な移民政策を求めるために共有すべき歴史がたくさん詰まっている。