Will Sommer著「Trust the Plan: The Rise of Qanon and the Conspiracy That Reshaped the World」

Trust the Plan

Will Sommer著「Trust the Plan: The Rise of Qanon and the Conspiracy That Reshaped the World

荒唐無稽な陰謀論から政治運動となりついには共和党内の一派閥のような地位にまで成り上がったQアノン現象について、早くからその動向を取材して記事にしそのせいでQアノン支持者たちから過激な攻撃を受けた経験のある政治ジャーナリストがまとめた本。

Qアノンについては以前、Mike Rothschild著「The Storm is Upon Us: How QAnon Became a Movement, Cult, and Conspiracy Theory of Everything」を読んだのだけれど、そちらに比べて本書はQアノンが一つの陰謀論ではなく政治運動としてさまざまな形に変形し拡散していった様子が整理されていてとてもわかりやすかった。

Qアノンといえば、アメリカ社会は政治や経済やエンターテインメント界のエリートたちによって形成された影の組織によって支配されており、かれらは多数の子どもたちを誘拐して性的に虐待しているが、トランプ大統領はかれらを一掃し正義を回復するために日々闘っている、トランプと軍によってかれらが一斉に逮捕もしくは処刑される日は近い、という陰謀論を中心とする政治運動だけれど、そこに経済がリセットされ全ての負債は帳消しとなるというNESARA/GESARAの陰謀論や、あらゆる病気を治すことができるMedbedという技術が隠蔽されているがトランプによって公開されようとしているという主張など、さまざまな陰謀論が混じり合い次々と生成されてはお互いに影響を与えながら拡散するエコスフィアといった方がいいかもしれない。ゲーミフィケーションについて書かれたAdrian Hon著「You’ve Been Played: How Corporations, Governments, and Schools Use Games to Control Us All」ではQアノンを推理ゲームやテーブルトークRPGのように物語を発掘していく中毒性のあるゲームと指摘していたが、もともとトランプ支持者たちのあいだで広まっていた陰謀論が「子どもたちを守れ」というスローガンを経由して女性やリベラルにも広まった(パステルQアノン)事実などを通して、従来のQアノンに対する印象を更新させられた。

著者によれば、Qアノンはトランプの大統領就任後に広まったが、ピザゲート事件をはじめ支持者による事件が多発したことで評判を落とし、支持者が減るとともに共和党の指導部からも「厄介な支持層」として遠のけられた(ただしトランプはQアノンに対して友好的なシグナルを送り続けた)。ところが2020年、コロナウイルス・パンデミックが発生すると、Qアノンは一気に勢いを取り戻す。感染症の流行が陰謀論に火を付けるのは歴史的にも繰り返されてきたことであり、コロナ陰謀論をきっかけとして多くの人たちが世の中のあらゆる事象に説明を付けるQアノンのエコスフィアに惹きつけられる。ロックダウンや政府によるマスク着用の強要への反発や、単純にステイホームした結果長時間コンピュータや携帯の画面に向き合う人が増えた影響などもあり、Qアノンはトランプや共和党の支持者を中心により広範に支持者を広げることになる。それはさらに2020年の大統領選挙をめぐる陰謀論を通して共和党の多くの政治家たちにも影響を与え、トランプの側近であるマイケル・フリン元陸軍中将やトランプの弁護士を努めたリン・ウッド、シドニー・パウエルらはQアノン運動のなかでそれぞれ影響圏を確立していった。そういうなか起きたのが、2021年1月の連邦議事堂占拠事件だった。

本書ではまた、Qアノンの標的となったジャーナリストや弁護士たちが経験した恐怖や、家族がQアノンにのめり込んで関係性を破壊された人たちの経験についても多数の証言を紹介している。Qアノンにハマってしまった家族や友人に対して陰謀論のおかしな部分を指摘することはほとんど無意味で、かれらが自分で矛盾や疑問を感じるまで待つしかないのが実情。かれらが疑問を抱いたときに完全に孤立してしまっていたら戻ってくることができないので、そうならないためにも家族や友人はQアノンについてできるだけ言い争いを避けつつ関係性を維持するのが正解だが、本人は周囲に対してQアノンについて宣教しようとするのでこれは困難を極める。しかしQアノンから家族や友人を取り戻すためにはそうするしかない。と同時に、NESARA/GESARAやMedbedの陰謀論については、経済的な困窮や医療アクセスの欠如に苦しむ人たちや、家族に対するケアで疲れ果てた人たちの存在が根底にあり、かれらの苦しみを解消するための社会的な取り組みを実施することが陰謀論から人々を守ることに繋がる、とも本書は指摘しており、それにはなるほどと感じた。