Sheldon Whitehouse著「The Scheme: How the Right Wing Used Dark Money to Capture the Supreme Court」

The Scheme

Sheldon Whitehouse著「The Scheme: How the Right Wing Used Dark Money to Capture the Supreme Court

温暖化対策など環境政策や労働者保護法規に反対する億万長者たちがどのようにして共和党を自分たちの駒として使い連邦最高裁を手中に収めたか説明する本。著者はロードアイランド州選出の連邦上院議員であり弁護士・検察官としての経歴も持つシェルドン・ホワイトハウス。

一つ一つ事実を積み重ねることで最高裁を乗っ取ろうとする大掛かりな作戦の存在を証明する手法はさすが元検察官といったところ。そうした作戦の発端は、タバコ会社の弁護士として活躍していたルイス・パウエルがラルフ・ネイダーが主導する消費者運動に危機感を覚え、産業界が自分たちに有利な裁判官を任命させるよう政治に働きかける戦略を訴える極秘メモを書いたこと。その直後にニクソン大統領によって最高裁判事に任命されたパウエルとともに、保守系法曹団体フェデラリスト・ソサエティおよび右派シンクタンクやそれらのすべてに資金提供するコーク兄弟やスケイフ財団などごく少数の億万長者により、最高裁判所から地方裁判所まで裁判所に企業寄りの裁判官を送り込む計画が実行される。

そうした計画の最終段階となったのが、オバマ大統領が指名した多数の判事に対する共和党のミッチ・マコネル上院院内総務による審議妨害と、ダークマネーと呼ばれる出所を明かさなくてもいい政治資金を企業や団体が無制限に使うことを認める2010年の最高裁判決。前者の一番大きな例は、マコネルは2016年2月にアントニン・スカリア最高裁判事が亡くなった際、大統領選挙が行われている(9ヶ月後の11月に投票)ので最高裁判事は次の大統領が選ぶべきとしてオバマが指名した判事の審議すら拒否したけれども、2020年9月にルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が亡くなった時には大統領選挙の2ヶ月前なのに急いでトランプが指名した判事を承認したこと。後者については、著者は共和党の上院議員で2008年にはオバマの対抗馬として大統領選挙に立候補したジョン・マケインとともに超党派の意見書で資金の透明性が保障されるべきだと訴えたけれど無視された。またトランプは圧倒的不利とされていた2016年の大統領選挙中にフェデラリスト・ソサエティが作成した「最高裁判事候補」のリストを発表し、この中から判事を指名すると宣言することで、かれを信用しきれていなかった宗教保守勢力の支持を取り付けたが、大統領候補が一右派団体に最高裁判事の選別を行わせること自体異常だった。

Mary Ziegler著「Dollars for Life: The Anti-Abortion Movement and the Fall of the Republican Establishment」では環境政策や労働者保護の撤廃や減税を求める大企業や億万長者たちが「企業の言論の自由」を口実として共和党を乗っ取るうえで妊娠中絶反対派を取り込んでいった仕組みが紹介されていたが、著者も上院議員としての経験をもとに「リベラルでも保守派でも、経験上上院議員はみな慣行を重視するもの、マコネルがあれほど無茶苦茶やったのはかれ自身の考えではなくスポンサーからよほど強く要求されたのだろう」と書いている。そしてその億万長者というのが、富裕層に広く支持されているというよりはほんとうにごく僅かな人数(著者によると「バス1つに入るくらい」)だけで成り立っている、というのはますます酷い。

温暖化対策にせよ、労働者保護にせよ、あるいは金持ち優遇減税の是非や妊娠中絶や同性愛者の権利やその他の多くの問題でも、いまの最高裁が推し進めようとしている考えはアメリカ市民の多数が支持するものではない。また、最高裁の多数派を占めるフェデラリスト・ソサエティ出身の判事たちは、保守主義や「州の権利」、判例主義、オリジナリズム(憲法や法律をそれが書かれた当時の理解に基づいて解釈する考え)やテクスチュアリズム(憲法や法律を文字通り解釈する考え)といった法哲学を掲げているものの、実際にはそれらの法哲学が大企業や右派市民運動に都合が悪い場合は逆の解釈をすることも多く、一貫した法哲学に基づいた判決を下すわけでもない。保守系判事やその家族たちはフェデラリスト・ソサエティやその他の右派団体を通してそれらの裁判を起こしている億万長者たちからさまざまな形で利益を得ており(スカリア判事が亡くなったあとにはかれが何十回ものバケーションを無償で楽しんでいたことが明らかになったし、クラレンス・トマス判事の妻のジーニー・トマスが運営する保守団体にかれらから巨額の寄付が集められそれが議事堂占拠事件直前のトランプ集会にも使われたなど)、利益相反が疑われる。

知っている話も多かったけれども、著者の構成がうまくて危機感を感じさせられた。ホワイトハウス議員、政治家としてめちゃくちゃカッコいい名前だけど本人に対してはなんとなくぼんやりした印象しかなかったけどごめんよシェルドン(印象が薄いのはロードアイランド州だからだと思う)。