Sabrina Imbler著「How Far the Light Reaches: A Life in Ten Sea Creatures」

How Far the Light Reaches

Sabrina Imbler著「How Far the Light Reaches: A Life in Ten Sea Creatures

アジア系と白人のミックスでクィアなサイエンスジャーナリストの著者が、海洋生物の生態と自身の家族の話やクィアコミュニティでの経験などを重ね合わせて綴ったエッセイ集。ってお前何言ってんのって思うかもだけど、海洋生物学の最新の研究を押さえつつ自分や自分の周囲の人たちの経験を海洋生物になぞらえて語る手法が見事で圧倒される。説明が難しいけどとにかくすごい本。

サブタイトルは「10の海洋生物を通して人生を振りかえる」という意味。4年半ものあいだ絶食したまま痩せこけリながら出産を続けたタコについての研究から中国系の母とのボディイメージやダイエットについての会話が、中国の長江に築かれたダムによって絶滅が危惧されているカラチョウザメ(中国チョウザメ)の話から著者の祖母が戦時中に日本軍の侵攻を逃れて同じ川を渡った話が、クジラの死因の研究やその死骸が豊富な栄養源としてほかの生命を引きつける話からはじめて同性のパートナーと付き合った経験と失恋が、偶然生まれた海中の温度が高いスポットに集まる多数の生命の話からダンスクラブに集まるクィアたちの喜びとその儚さや脆さが(オークランドのアートスペースでの火事により少なくとも36人のクィアやアーティストたちが亡くなった事件やオーランドのゲイバーで49人が殺された銃乱射事件などが言及される)、地中に潜り獲物を察知すると鋭い歯で攻撃するオニイソメの生態およびその種がドメスティック・バイオレンスに耐えかねて夫のペニスを切断したロレーナ・ボビット(ギャロ)氏の名前を取って「ボビット・ワーム」と呼ばれているという話から著者自身やほかの女性たちが経験した性的侵害とそれを許容する社会が、研究者にもほとんど興味を持たれず大量発生したときだけ害が取り沙汰されるサルパの生態から周囲の住民に望まれないのに集まり自分たちの地区を生み出すゲイコミュニティや警察から許可を取らずにマーチするダイク・マーチが、さまざまな状況で自分の色を変えその意味が完全には解明されていないイカの生態から著者が服装を変え髪を短く刈り上げタトゥーを入れた話が、…といった具合に、アジア系ミックスとして、女性として育てられた子どもとして、そしてクィアとしての著者の経験が、さまざまな海洋生物の生態やそれに対する研究の話とともに語られる。最終章、京大の久保田准教授による不老不死だとされる(決定的な損傷を受けたあと死ぬのではなく幼体に戻る)ベニクラゲの研究に触れながら、辛い子ども時代を送ったクィアたちがもしやり直せるならどのような環境で育ちたかったかという話をする部分も泣ける。

著者は一時期シアトルに住んでいたこともあり、ドラァグショーが行われるシアトルのゲイバーの話題や、著者がイカを見るために頻繁に通っていたシアトル水族館の話なども出てきて、シアトル在住のわたしにとっては身近に感じられた。シアトル水族館はわたしも好きで、あああのタコをこの人も見たのか、とか思った。ちなみにわたしが好きなのはウニと遊べるコーナーとアザラシのいる場所で、どちらもエサを与える時間に行くと楽しい。

うん、自分で書いていても全然この本の良さを説明できてる気がしないけど、こんな不思議で奥深い、そしてクィアな本を書いた著者もそれを出そうと決めた編集者もすごい。ところで本書でも説明されているとおり、「ボビット・ワーム」という名前については、研究者の悪ふざけで付けられた名前なのだけれど、もともとボビットはDV加害者の夫の名前であり、ペニスを切断されたことで有名人になり接合手術を受けたあとにさらにペニス拡大手術を受けたりポルノに出演して荒稼ぎをしたDV加害者の名前を面白半分で生物学に残さないでほしい、というロレーナさんの要望を受けて、生物学では使わないことになっているので、誰かウィキペディア日本語版の記述を修正してください。一般的な名前としてはsand strikerと呼ばれるべきです。