Rafael A. Mangual著「Criminal (In)Justice: What the Push for Decarceration and Depolicing Gets Wrong and Who It Hurts Most」

Criminal (In)Justice

Rafael A. Mangual著「Criminal (In)Justice: What the Push for Decarceration and Depolicing Gets Wrong and Who It Hurts Most

わたし的「保守系非白人の本を読んでみよう週間」の3冊目(1・2冊目はKenny Xu著「An Inconvenient Minority」とTim Scott著「America, a Redemption Story」)は、近年ブラック・ライヴズ・マター運動の盛り上がりなどによりアメリカで高まっている刑事司法制度の改革もしくは廃止を訴える声に対する反論の本。著者は保守系シンクタンクの研究員を務めるラティーノ系男性。

著者はさまざまなデータを挙げ、BLM活動家や民主党左派の政治家らの言う「アメリカの人口あたりの収監率は他の民主国家に比べて圧倒的に高く、不公平な刑事司法制度によって黒人やラティーノが警察による不当な暴力や不必要な刑罰の対象となっている」という主張に全面的に反対する。著者によれば、たしかにアメリカにおける人口あたりの収監率は高いが、それはアメリカは他の国に比べて深刻な暴力犯罪が多いからであり、同程度の犯罪を犯した人たちは他国ではむしろより厳しく処罰される傾向にある、警察による暴力の件数は実際にはごく少なく、罪を犯していない黒人がより多く職務質問を受けたり同じ罪を犯した黒人の刑罰が重いのにも人種とは無関係の合理的な理由がある。そしてよく議論にのぼるさまざまな改革案について、逐一それらが実際の問題を解決するには有効ではなく、とくに黒人やラティーノの住民が多い地域における犯罪を増加させる、と批判する。

「同程度の犯罪を犯した人はむしろ他国のほうが厳しく罰される」という部分で、アメリカとヨーロッパ諸国で「違法な銃を所持していた場合」の刑罰を比べたり(銃規制というアメリカが特に緩い分野に限って比較している)、人種差別的な違法行為を犯した警察官が責任を問われない制度は責任追及の障害にはなっていない根拠としてジョージ・フロイド氏の遺族に多額の賠償金が支払われた例を挙げるなど(賠償金を支払ったのはミネアポリス市であり、警察官が民事責任を問われないことへの反論にはなっていない)、たくさんのデータをあげる割にはデータの選び方が恣意的な傾向が目立つ、学問的な研究者ではなく特定の政策をプッシュするシンクタンク研究員ならではの内容。

大量収監をもたらした「麻薬戦争」やその周辺の政策が新たな人種差別拡大政策となっていることを指摘してベストセラーとなったMichelle Alexander著「The New Jim Crow: Mass Incarceration in the Age of Colorblindness」など多数の識者の主張に対して、著者は刑務所に収監されている人たちのほとんどは危険な暴力犯であり、暴力犯罪が他国よりも多いことを考えるとむしろアメリカの収監率は低すぎる、と主張する。実際に麻薬の所持で捕まった人が多いというデータに対しては、麻薬使用は暴力行為と比例している、という別のデータを出し、たまたま有罪になったのが物理的な証拠があり立証が簡単な麻薬所持だけだった可能性や、司法取引により麻薬所持について有罪を認めるかわりに他の罪について起訴が取り下げられた可能性を示唆し、かれらを収監しておくことは暴力犯罪の予防になると言う。

また、黒人が頻繁に車を停められたり職務質問されるのは、たまたま犯罪の多い地域に黒人が多く住んでいるから防犯のために必要なことをやっているだけで差別ではないとか、犯罪の多い地域では犯罪者ではない若い黒人男性たちも(Sudhir Venkatesh著「The Tomorrow Game」で描かれているような安全上の理由で)ストリートで他の黒人男性にナメられないように麻薬密売をしているギャングのスタイルを真似るので警察は人種ではなくそうしたスタイルに反応しているのだと言ったりと、人種にリンクしたプロファイリングを著者は当たり前のように正当化している。著者は、こうした警察の行為を「制度的人種差別」と呼ぶのは、警察官たちが実際に人種差別的な偏見や意図を抱いていることを証明できないから言い換えて誤魔化しているだけで、差別ではないと一蹴する。

さらに、黒人と白人のあいだで麻薬使用率はほぼ同じなのに黒人だけ頻繁に捜査を受けたり起訴されたり有罪になった場合に白人よりはるかに重い刑罰を受ける点についても、警察が防ごうとしているのは麻薬使用そのものではなく麻薬使用の周辺に起きる暴力犯罪なので、そうした人種間の扱いの違いは差別ではなく麻薬使用が暴力と深く繋がっている地域を厳しく取り締まった結果である、と著者は言う。もう本当になんでもありで、いまさらこんなに堂々とした人種差別の正当化は、少なくともわたしが関わっているシアトルにおける刑事司法についての議論では改革に慎重な人たち(警察擁護派)のあいだからもなかなか聞かれないのだけれど、「制度的人種差別」や「批評的人種理論」という概念への藁人形叩き的なレトリックが右派のあいだで広まるなか、脅威に感じる。

ほかにもいろいろ言いたいことはあるんだけど、キリがないのでここまでにしておく。てゆーか本書では2020年以降刑事司法制度改革の世論が各地で高まって急激に危険な改革政策が取られているように書かれているんだけど、実際のところ2021年にはもう強烈なバックラッシュが起きてほぼ元通りになってるんだけど、実際の改革が起きないまま反改革のバッシングだけ強まるのなんとかしてほしい。