Mia Bay著「Traveling Black: A Story of Race and Resistance」

Traveling Black

Mia Bay著「Traveling Black: A Story of Race and Resistance

交通における黒人差別とそれへの抵抗の歴史についての本。と軽く紹介するとこの本の重要さは伝わらないと思う。たとえばかつて人種隔離政策を合憲と判断しその後半世紀に渡って大きな影響を与えた1896年のPlessy v. Ferguson判決は鉄道における「黒人専用車両」の是非が争点だったり、人種隔離政策を意味する「ジム・クロウ」という言葉がもともとは鉄道の黒人専用車両を指す言葉だったり、運動においてキング牧師がリーダーとして頭角を現したのがローザ・パークス氏の逮捕をきっかけとした公共バスにおける人種隔離政策への大規模な抗議活動だったり、あるいは長距離バスにおける人種隔離を違法とする判断がすでに生まれていたにも関わらず差別が続いていたことに抗議し、連邦政府の介入を促すために黒人と白人の有志たちが集団で南部を旅行し、白人暴徒や警察に襲われ怪我人を大勢出しながらも屈しなかった1961年のフリーダムライダーズの運動だったりと、交通機関は差別との闘いの主要な舞台の一つだった。かつてのような鉄道やバスにおける人種隔離はなくなったけれど、黒人が車を運転しているだけで警察に止められ取り調べを受けたり、それをきっかけに全国で多数の黒人が警察によって殺害されていることは、現代においても黒人の自由な移動とそれへの制限が差別との闘いの最前線の一つであることを示している。

歴史的にも、さまざまな人種隔離や差別的な政策のなかでも、多くの黒人がもっとも恐怖と不快感を感じていたのは、交通と移動に関連した隔離政策だった。たとえば教育や住居や公園の隔離は、白人用の施設に比べて黒人用の施設が常に劣悪だったとしても、そこに住む人にとってはそれは日常の一部であり、ある程度慣れることはできた。しかし何らかの必要に迫られて鉄道やバスや車などで旅行するとなると、車両を乗り換えたり市や州の境界線をまたぐたびにルールが変わるだけでなく、どこの施設なら安全に使えるのか、どう行動すれば警察や白人による暴力を受けずに済むのかも分からない。情報収集も難しいなか、買ったチケットのとおりに移動できるのか、自分が使えるトイレやレストランやホテルやガソリンスタンドが次にどこにあるのか、まったく分からないまま旅をし、自分が知らなかったルールに違反したとして突然逮捕されたり暴力を受けたりすることもあった。

人種隔離政策の時代に黒人が旅行することの大変さはKate Masur著「Until Justice Be Done: America’s First Civil Rights Movement, from the Revolution to Reconstruction」でも書かれていたけど、だからこそ交通は差別との闘いにおいて最前線だった。この本はそういう時代において、鉄道から遠距離バス、自家用車、そして飛行機へと移り変わる交通機関の変化とともに、それぞれの段階において黒人たちがどのような差別に苦しんだのか、そしてどのように法律や世論を味方につけて闘ってきたのか丁寧に追っている。交通における差別と反差別の歴史という、ありそうでなかった切り口に着目したのはすごい。力作すぎて冗長に感じるところもあるけれど、必読。