Marisa Peer著「Tell Yourself a Better Lie: Use the power of Rapid Transformational Therapy to edit your story and rewrite your life.」

Tell Yourself a Better Lie

Marisa Peer著「Tell Yourself a Better Lie: Use the power of Rapid Transformational Therapy to edit your story and rewrite your life.

2021年5月2日の英紙The Sunday Timesで「医学的な訓練を受けていない、科学的裏付けがない、イギリス国民保健サービス(NHS)によって警告がされている、広告基準局により調査が行われている」と報道されている、イギリスの有名心理セラピスト(自称)が提唱している(もし本当なら)画期的な心理カウンセリングの手法についての本。上記のとおりの理由で紹介するのは避けたほうがいいのかもと思ったのだけれど、いろいろ考えさせられたのも確かなので批判があることを明記したうえで紹介する。Sunday Timesの記事は有料なので購読していない人には読めないけど、もし読みたいという人がいたら個人的に連絡してください。

著者が提唱する「rapid transformational therapy (RTT)」の特徴は、禁煙やダイエットのような生活習慣の是正から鬱、フォビア、希死念慮、拒食、セルフエスティームなど深刻なメンタルヘルスの問題まで、1〜3回のセラピーで解決してみせる、それで仕事もうまくいき病気は良くなり人間関係の悩みも解決する、という、常識的に到底ありえないような主張。わたしがこの本に興味を持ったのは「あなた自身により良い嘘をつきなさい」というタイトルに惹かれたからなんだけど、まあ話を盛りすぎでクライアントに過剰な期待を抱かせるんじゃないかという懸念を除くと、書かれていることはかなりまとも。

著者の考えの根底にあるのは、クライアントがどのような行動や感情の悩みを抱えていたとしても、その行動や感情そのものは問題の本質ではなく、生育過程で抱えた何らかのトラウマや負の感情を当時の子どもなりの論理で説明するために作り出したストーリーに囚われているのが問題なのだということ。たとえば愛されなかった経験を持つ子どもが「自分は愛されるに値しない、誰も自分を愛してくれない」というストーリーを信じ込んだ結果、そのストーリーに反する事実から逃れたり、サボタージュしたりするようになる、と。RTTでは催眠療法を使ってクライアントが抱えた負の感情と繋がったストーリーを探り出し、催眠状態での対話を通して別のストーリー(実際には愛されていた、あるいは親がクライアントを愛することができなかったのはかれら自身が問題を抱えていたからだった、など)に置き換えようとする。

催眠療法を使った年齢退行については「思い出された記憶が本当の記憶とは限らない」という批判があり、「実際にはなかったトラウマの記憶がセラピストによって植え付けられる」と一時期騒がれたこともある。しかし著者は重要なのはどのようなストーリーを本人が内面化しているのか、そしてそれをどのように置き換えるのかであって、実際に何が起きたかは重要ではない、という立場を取る。つまり著者は「実際になかったトラウマの記憶」を植え付ける危険がある、と批判された同じメカニズムを使って、本人にとって有益なストーリーを植え付けることを主張しており、それが「より良い嘘」であっても構わない、という考えのようだ。

話は変わるけど実はわたしも「Magical Time-Traveling Dog Therapy」という新しいセラピーを自分自身のために考案している。これはわたしが10年一緒に暮らした(2019年に亡くなった)チワワのエイドリーちゃんにタイムトラベルの能力がある、という前提に基づいていて、わたしが子どものころ孤独だったり辛かったりしたときに、エイドリーがタイムトラベルしてわたしのもとに来てくれた、それで救われた、という虚偽のストーリーをわたしの記憶に差し込むことで、いまのわたしが少しだけ楽になる、というもの。明らかに虚偽であるという点がRTTとは違うけど、どうせ人が生きていくうえで自分自身に言い聞かせる自分のストーリーなんて虚実まみれなのだから、いまの自分を楽にするために「より良い嘘」をついてもいいと思う。

心配なのは、たった1〜3度のセラピーでクライアントが抱える問題を解決できる、という著者の主張がクライアントに過剰な期待を与えて多額の料金を支払わせたり、より慎重に時間をかけて解くべきもつれを一気に解こうとしてより悪化させてしまったりすることだろう。最初にあげたThe Sunday Timesの記事では約150万円の受講料を払ってRTTセラピストの資格を取った新人カウンセラーが、性虐待のトラウマや自傷を抱えているクライアントに対してRTTを行ったところかれらの生活を「壊してしまった」と語っている。著者の主張は鵜呑みにできないし、彼女が提唱するセラピーには倫理的な問題があるように見えるけれども、そのうえで個人的に参考になる部分は多々あった。