Leigh Phillips & Michal Rozworski著「People’s Republic of Walmart: How the World’s Biggest Corporations Are Laying the Foundation for Socialism」

People's Republic of Walmart

Leigh Phillips & Michal Rozworski著「People’s Republic of Walmart: How the World’s Biggest Corporations Are Laying the Foundation for Socialism

タイトルは「ウォルマート人民共和国」。ウォルマートなどの企業が実現させた効率的な物流や在庫管理などの技術が、来たるべき社会主義のモデルになる、というおもしろい発想の本なんだけど、その肝心な技術がどうという話はほとんどなくて、社会主義経済計算論争の本だった。ミーゼスに始まるあれね。

ウォルマートはもちろんその効率性により市場経済で勝ち上がった企業だけど、内部で継続的に行われる決定はいちいち市場に委ねられているわけではない。徹底したデータ収集と高度なアルゴリズムによるたゆまない計算によって、どこにどういう施設(店舗、物流センター、その他)を作り、どうリソースを集積・分配するのか決めている。ロナルド・コースが言うとおり、それらの決定をすべて市場で行うのは、取引費用が高すぎるからだ。

著者はソ連の経済的破綻の原因を、社会全体の経済を計算するだけの計算力が当時足りなかったこととともに、権威主義により正確な情報が集まらなくなったことに求めている。スターリンが社会主義による国力増強の一面として人口が増加したと宣伝しているときに、実際には人口が減少したと発表した国勢調査官が処刑されるようでは、計算に必要な情報が集まらなくなって当然。ウォルマートやアマゾンはその点、消費者の動きをクリックや売り上げ1つずつ観測しネットワークすることで正確な情報が集まる仕組みを作り、膨大な量の計算を行うことで、直接市場に頼らずに内部のリソース配分を実現している。これを個々の企業の営利目的ではなく、民主的に決定された目的に即する形で社会単位で行うことで、社会主義に必要な計算は実現できるというのが著者の主張。

ただ読んでいて疑問に感じる部分もいろいろあって、たとえば携帯電話に使われている電波スペクトラムのオークションについて、政府はオークションの結果いくらかの収入を得たがその使用法についてのコントロールを失い、消費者は高い料金でダメな通信サービスを買っている、と批判したうえで、公共の携帯通信ネットワークを作っていればより公共の利益になっていた、と言うんだけど、そのスペクトラムを携帯通信に使うべきだという決定は市場でなければ誰がどうするんだろうと疑問。

まあそういう感じでいろいろ疑問はあるんだけど、これだけコンピュータが発達したいま、経済計算論争はどうなるんだろうというのは当然の疑問だし、ウォルマートやアマゾンなど大企業が既にそこらの国のGDPより大きな規模の計算を扱っているというのはおもしろい指摘。