Leah Payne著「God Gave Rock and Roll to You: A History of Contemporary Christian Music」

God Gave Rock and Roll to You

Leah Payne著「God Gave Rock and Roll to You: A History of Contemporary Christian Music

ロックやポップ、ヒップホップなど社会で人気を集めている一般の音楽は若い人に宗教上の悪い影響があると考えた福音派キリスト教の人たちによって生み出された「現代クリスチャン音楽=コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(CCM)」産業の歴史についての本。同じく福音派キリスト教独自の文化に関連する内容だったSarah McCammon著「The Exvangelicals: Loving, Living, and Leaving the White Evangelical Church」に続いて読んだ。

宗教と音楽の結びつきは古く、アメリカでも過去に何度も起きたリバイバル・ブーム(信仰に対する関心の高まりと布教活動の活性化)のたびに信仰を広めるための音楽が演奏されてきた。しかし20世紀中盤にラジオが普及し、当初は程度の低い黒人音楽と認識されていたロックンロールが白人層にも広がりだすと、白人福音派キリスト教徒のあいだで「悪魔的な」ポピュラー音楽が若者を信仰から遠ざけるという懸念が高まり、それに対抗するための音楽が作られるようになる。当時人気だった音楽ジャンルでは黒人音楽にルーツを持ち騒がしい音を掻き立てるロックよりはアコースティックなフォークのほうがキリスト教のメッセージを伝えるにふさわしいとされたが、次第にロックと黒人文化との繋がりが意識されなくなり、またフォークが反戦運動などを通してヒッピーのものという印象が高まると、伝統的とされるアグレッシヴな男性性を表現するロックが福音派の表現手段となってくる。こうして生まれたCCMバンドの多くは人気の世俗バンドのスタイルを真似したものが多く、「このバンドが好きなら、同じスタイルのキリスト教的なバンドはこれ」といった表が作られるようになる。

CCMは一般のラジオやレコード店ではなく宗教的なラジオ局やクリスチャン・ブックストア(福音派キリスト教徒を客として想定した、信仰とかれらが理想とする家族に向けたグッズを売っている店)で流通した。クリスチャン・ブックストアのほとんどは都市部ではなく白人中流世帯が移り住んだ郊外に出店され、宗教的な家庭の主婦がそこで買い物した。そのためCCMのジャンルでは若者が聞きたい音楽より母親が子どもに聞かせたい音楽が人気を集めた。神による天罰や信仰者の受難など聖書に登場する残虐なシーンを題材としたクリスチャン・デスメタルなどのバンドも登場したが、それらは主婦層に不評でCCMのチャート上位には上がらなかったし、クリスチャン・ヒップホップが認知されるのも一般社会におけるヒップホップの浸透より遅れたが、親から世俗的な音楽を聞くことを禁じられた若者たちの一部から支持された。

CCMのアーティストの大半は白人男性だったが、CCMで活躍する女性アーティストにとっては人気を得るために外見的な、あるいは性的な魅力をアピールすることと、自分を敬虔で慎み深い理想の「息子の嫁にしたい女性」を演じることのバランスを取るのに苦労した。アルバムカバーの写真でギターによって胸が強調されすぎている、などの理由で「慎み深さ」が足りないとしてクリスチャン・ブックストアでの販売を拒否されたりすることも。CCMの二大女性スター、サンディ・パティとエイミー・グラント(のちに一般ジャンルに進出してヒットを飛ばす)の両方がそうした苦情をたびたび受け、また何もわからないまま若くして結婚した夫との離婚を経験しボイコットされたことも、福音派カルチャーにおいて女性アーティストとして活動することの困難を指し示している。

そうした独自の進化を遂げてきたCCMの産業に打撃を与えたのは、一般社会と同じく、違法ダウンロードや合法的なストリーミングモデルの普及だった。どうやら福音派キリスト教徒の音楽リスナーは一般社会のリスナーと違い違法ダウンロードをしないということはなく、違法ファイルシェアリングプログラムのナップスターが登場していらいCCMの売上は激減。さらにアマゾンなどによるネット通販が広まるとクリスチャン・ブックストアも閉店に追い込まれていく。CCMが市場としての魅力を失うとともに、宗教的なアーティストたちもCCMとしてではなく一般の音楽市場に打って出るようになり、宗教的なテーマを歌った多様な音楽が一般のストリーミングサイトなどを通して配給されるようになっている。最近だと、ケイティ・ペリーやテイラー・スウィフトも、最初は慎み深い売り方をして福音派キリスト教徒たちにも歓迎されたうえで、成人してから路線変更して成功している。

わたし自身の話をすると、昔ミズーリ州のど田舎に住んでいたとき、街で聴けるラジオ局はカントリー・ミュージックとクリスチャンの二択だったのだけれど、カントリーのほうは今どきのカントリーですらなくクラシックなカントリーで嫌すぎたので、少なくともスタイルは現代的なポップに聞こえるCCMを聴いていた。サンディ・パティとラーネル・ハリス(黒人シンガーで、今でも好き)のデュエット曲を教会の合唱団で歌ったし、エイミー・グラントが一般向けのポップ・アーティストとして歩き出したアルバム「Heart in Motion」(1991)はたぶん人生で一番たくさん聴いたカセットテープだと思う。そういうわけで、むかし聴いていたいろいろなアーティストの名前が出てくるのが楽しかったけど、たしかに今思うと白人至上主義とか福音派の純潔文化の弊害とかいろいろ当時気づかなかった(というか、もしあの状況で気づいたらさらに生きづらくなっただけだったから気付かないほうが良かった)ことを考えさせられた。

そういえば当時、教会の人たちが口々に「ラーネル・ハリスなら黒人だけどハグできる」とか言って、わたしに同意を求めてきたの思い出した。ラーネルのほうがお前たちにハグされたくねーよ、とか当時は言えなかったけど、すごい不快だったの覚えてる。