Kyle Spencer著「Raising Them Right: The Untold Story of America’s Ultraconservative Youth Movement and Its Plot for Power」

Raising Them Right

Kyle Spencer著「Raising Them Right: The Untold Story of America’s Ultraconservative Youth Movement and Its Plot for Power

政治ジャーナリストがアメリカの保守派の若者運動の実像に迫った本。各地の大学に支部を作り仲間を募るとともに「リベラルな教授」のリストを作成して言動を監視したり、白人至上主義との関係が指摘される極右スピーカーを招いて抗議が起きると「言論の自由を守れ」と訴えるなど、少なくない影響を与えている保守系若者運動の背景と、そのリーダーである何人かの人物に焦点を当てる。

本書で中心的な役割を果たすのは、連邦議事堂占拠事件にも繋がった選挙結果否認集会に80台のバスで参加者を送り込むと宣言した(実際には7台、350人しか送り込めなかった様子だけれど、議事堂突入で逮捕された人の少なくとも一人はそのバスでDCに行ったと証言している)Turning Point USAの創設者Charlie Kirk、ソーシャルメディアでトランプを支持する若手黒人女性として人気を得てTPUSAでも活動したCandace Owens、リバタリアン活動家としてTPUSAとキャンパスで競合するYoung Americans for Libertyを設立したCliff Maloney(部下の女性に対する性暴力で告発されて昨年辞任)の3人。著者が取材をはじめた時点ではかれらは今ほど影響力もなかったためか、積極的に取材に応じてくれていたようで、そこから権力の座を登る(そして議事堂占拠事件や陰謀論に絡め取られていく)様子が描かれている。

イリノイ州シカゴ郊外で育ったKirkがはじめて政治に関わったのは2010年、オバマが大統領に当選して離れた上院の議席を目指して立候補した共和党候補の選挙陣営にボランティアとして参加したのがはじめ。ウエストポイント陸軍士官学校を卒業して軍隊に入りゆくゆくは政治家に、という夢を抱くも入試に失敗し、滑り止めで受けた無名大学に入るくらいならと2012年にTPUSAを設立する。キャンパスではリベラルが幅を利かせていて保守は迫害されている、ポリコレが行き過ぎて言論の自由がない、と叫ぶかれ自身は、実際には大学のキャンパスを経験していない。しかしオバマの地元からオバマを厳しく批判する若者として右派メディアからは重宝される。かれ自身もオバマが2008年の選挙で多くの若者を動かして当選したことを例にあげ、保守派の若者による運動の必要性を訴える。

多くの大学ではたしかにリベラルの社会運動や政治運動はさかんだけれど、ほとんどはボランティアによるもので、リベラル系財団などの公募に応募してグラントを取ることはあっても、それほど資金があるわけではないし安定した資金提供はほぼ皆無。ところが保守業界には学生のころ肩身の狭い思いをしたお金持ちがたくさんいて、多数の財団やロビー団体を運営していた。かれらはKirkに注目し、各地に支部を設立して専任スタッフを雇ったり、大きなコンファレンスを開いて旅費込みで各地の学生を招待するための資金を提供した。若者が珍しく保守運動をやっているというだけで金持ち保守は応援したくなるものらしい。

大学に極右スピーカーを派遣してリベラルやアンティファとの衝突を起こし「言論の自由が失われている」と宣伝したり、リベラルな教授が偏向した授業をしている、ポリコレが行き過ぎている、白人や男性が差別されている、批判的人種理論が押し付けられている、という騒動を起こし、それを右派メディアが拡散することで共和党による公教育予算の削減や教育内容への介入を後押しする、というのは意図的な戦略。一部ではTPUSAが学生自治会選挙に介入し、保守学生に選挙資金を提供したうえで(これは大抵の場合自治会の選挙規則に違反している)「選挙中は中道的なメッセージを訴え、当選してから保守主義を実現する」などと指南していた事実が発覚したことも。

全体から見れば若者の多くはリベラル派に支持を寄せていて、だからこそ共和党は大学のある街や地域の投票所を減らして投票しにくくする(投票するためには何時間も列に並ばなければいけない状況を作る)などあらゆる手段で妨害行為を行っているのだけれど、学生運動として大学内で支持を広げ仲間を増やすことよりも、学内でリベラルとの衝突を起こしたりリベラルによる横暴を右派メディアに宣伝させ、それを見ている保守系視聴者をより過激な方向に誘導する、という戦略は成功している。

いっぽう民主党側ではクリントンやバイデンのような若者に訴えかける要素を持たないリーダーばかりが幅を利かせ、オバマのときのような、あるいはバーニー・サンダースが一部で起こしたような、若者を巻き込むような動きを見せることができていない。最近では大富豪で2020年民主党大統領選挙の予備選挙にも出馬していたマイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長らが保守派のマネをしてリベラル系の全国的学生団体を作ろうとしているけれども、若者が自発的に作ったものでないためか成果は見せていない。共和党のやり口が酷いというだけでなく、民主党自身が若者を声を反映するような姿勢を見せていかないとどうしようもなさそう。