Kate Zernike著「The Exceptions: Nancy Hopkins, MIT, and the Fight for Women in Science」

The Exceptions

Kate Zernike著「The Exceptions: Nancy Hopkins, MIT, and the Fight for Women in Science

マサチューセッツ工科大学(MIT)の著名な分子生物学者にして学内における制度的な女性差別についての調査を1999年に発表して科学の世界に大きな影響を与えたナンシー・ホプキンス氏の伝記。フェミニズムから距離を取り自分の努力でどんな壁も打ち破ることができると信じてきたホプキンス氏が周囲の女性との対話を通して制度的な性差別の存在を認識し、15人の女性同僚たちとともに立ち上がり確かなデータを元に大学に責任を認めさせる物語。

歴史的に女性の学生が少なく女性の教授はさらに少ない科学の分野において、ホプキンス氏や彼女のMITの女性同僚たちは一般女性とは違う「例外的な」存在だと自分を認識していた。だから男性の同僚や上司に正当な評価を受けなくても、手柄を横取りされても、研究室や予算の割り当てで不当に扱われても、自らの努力で乗り越えようとしてきたし、研究者同士で足を引っ張り合うのは競争の激しい業界でみんな対等に闘っているだけであると考え、自分が女性だから軽く見られている、狙われているとは考えなかった。しかしいくら努力して、そして成功しても、それに見合った評価は与えられず、自分より明らかに業績が劣っている男性の研究者ばかりが優遇されていく。

自分に与えられた研究室の広さが同じレベルの同僚の半分以下なのに「ほぼ同じ」とウソをつかれたり(夜中にメジャーを手に忍び込んで確認した)、自分が長い年月をかけて設計した画期的な授業を同僚に奪われしかもその内容をもとに同僚が教科書を出版する事業をはじめようとするなど、ついに我慢できなくなったホプキンス氏は学内の女性研究者に相談。そこから女性たちによるネットワークが生まれ、16人の女性科学研究者がまとまって大学に性差別の調査と是正を要求するようになる。ホプキンス氏はそのリーダーとして学内の調査チームを組織、データを集めてついに大学に性差別の存在を認めさせる。

自分にはフェミニズムなんて必要ないと考えていた才能ある女性が、性差別の現実にぶち当たり問題解決に取り組んだ結果、MITだけでなく全国の科学研究を志す女性たちがより平等に闘える環境を作り出した。もちろん本業の研究でもキャリアの途中で専門を変えるというリスクを犯しながら大きな成果を残している。本書は彼女の研究についての説明も充実しているのでそこも楽しいし、彼女とともに声をあげた15人の女性同僚たちもMITで教授になるだけあってそれぞれすごい研究者たちばかり。あと、彼女の上司の秘書を務める女性たちはじめ、教授以外の地位にいる女性たちも陰ながらホプキンス氏らを応援していたことも書かれている。むかしMITの性差別について報道を見たときはあんまりエリートの世界すぎてあまり共感できなかったけど、こうして彼女たちの経験について詳しくしるとやっぱり共感した。

日本の読者に気になるであろうポイントは、ホプキンス氏と同僚で親しい関係にあった日本人ノーベル生理学・医学賞受賞者である利根川進氏。本書によると、最初のうち利根川さんはホプキンスさんを勇気づけたり同盟を組んだりしていい人っぽかったけど、やっぱりある時点から足を引っ張り出して最終的にホプキンス氏がブチ切れるきっかけの一つになった感じ。まあ利根川さん、その後ほかの女性研究者に対してちょっとやばい妨害行為を行って研究センター所長を辞任させられてるし。

ちなみにホプキンス氏が自分が不当に扱われていることを証明するために夜中に同僚の研究室に忍び込んで測量した際に使ったメジャーはMIT内の博物館で展示されているらしい。知らなかった、次に行くときは見に行こう。