Jessica Calarco著「Holding It Together: How Women Became America’s Safety Net」

Holding It Together

Jessica Calarco著「Holding It Together: How Women Became America’s Safety Net

アメリカ社会が女性のケア労働に寄生することで経済を成り立たせるようになってしまった政治的選択の歴史を振り返りつつ、そうした労働を行っている多数の女性たちとのインタビューを通してその現在を明らかにする本。

社会的なセーフティネットが極めて脆弱なアメリカ社会では、女性がその代わりを果たしている。家庭内でケアを必要とする子どもや高齢者・障害者、病人が生じたとき、それに対応して家庭内労働を行うのが女性であることは、コロナウイルス・パンデミックによって学校や保育施設が閉鎖された結果生じた離職者の男女比からもはっきりしている。そうした男女格差の背後には、当人たちの生き方の希望や価値観だけではなく、男女の家庭内分業を奨励する経済的なインセンティヴ設計にも大きな原因がある。そういう社会的な構造のなか女性がキャリアを積むためには、必要とされているケア労働を移民女性らほかのより立場の弱い女性たちにアウトソースするしかない。

性別による家庭内分業はアメリカだけに限った話ではないがアメリカのそれは極端であり、キャリア女性・主婦・ケア労働者女性のそれぞれが限られた選択肢のもと難しい決断を迫られている。それはアメリカの社会政策がセーフティネット整備を行わず、わずかに作られた制度すら予算を削ってきた歴史と関係している。第二次大戦後、労働力が足りなくなった西欧諸国が女性の賃金労働を支えるための制度を充実させた一方、本土が被害を受けなかったアメリカでは兵役を終え帰還してくる若い男性たちのために女性が戦時中に就いていた職を明け渡すよう促す政策が取られた。またレーガン政権以降の新自由主義的な政策による社会保障制度の解体も女性の自由を著しく奪ったし、メリトクラシー幻想に基づいた自己責任論もセーフティネットの構築を阻害した。バイデン政権ではコロナウイルス・パンデミックからの復興を謳った法案によって一時的にセーフティネットの拡充が行われたが、マンチン・シネマ両議員の妨害の結果それらはすぐに廃止されてしまった。

内容的には「うん、知ってる」という話なんだけれども、著者がインタビューした女性たちのストーリーが大変すぎ。経済的に困窮しているのに「自分は怠け者の福祉受給者とは違う」という自尊心から支援を拒絶し、しかし実際にはさまざまな免税措置や公共の制度の恩恵を受けていることに無頓着な人たちも登場していて、アメリカにおいてセーフティネットがどうして必要なのか、どうしてそれが正しいのか説明することの難しさが浮き彫りとなっていた。