Jamie Bartlett著「The Missing Cryptoqueen」

The Missing Cryptoqueen

Jamie Bartlett著「The Missing Cryptoqueen

画期的な暗号通貨とされたOneCoinを宣伝して「暗号女王」と呼ばれたものの各国で詐欺や不正の捜査を受けるなか消えたRuja Ignatova氏とOneCoinについての本。本書はBBCが2019年に製作・公開して世界中で話題となったポッドキャストシリーズが元で、ポッドキャスト版には入り切らなかった詳細や公開後起きた話、さらには彼女の現在の所在を追った話が追加されている。わたしもポッドキャストを聴いていたけれど、追加要素がたくさんあって満足。結論は書かないけど、調査班が彼女の所在をどのように追ったのかとか、そしてどのあたりにいると特定したのかという話はすさまじい。

Ignatova氏はもともとマッキンゼーのコンサルタントを経て金融業界で働いていた経歴の持ち主で、新しく作ったOneCoinという暗号通貨をマルチ商法で売りさばくビジネスモデルを展開。とはいえビジネスに関わった人はほとんどマルチ商法の関係者で、暗号通貨に詳しい人はほとんどおらず、暗号通貨の根底となるブロックチェーンの設計は下請けに発注。下請け業者からさらに下請けされた業者はビットコインのコードを流用して名前だけ変えたブロックチェーンを作った。

OneCoinは金融取引として規制されるのを防ぐために表向き「教育商材パッケージ(OneCoinと引き換えしてもらえる無料のトークン付き)」として販売され、金額によってさまざまなレベルがある。また新たな販売員を勧誘した人は、自分の売り上げの一部だけでなく、自分が勧誘した人(やその人がさらに勧誘した人たちなど)の売り上げからもキックバックをもらえる。もらえるキックバックの半分はOneCoinで、残りは現金。さらに専用のサイトでOneCoinはいつでも現金に交換できるとされていたが、一度に交換できる量が制限されていて実際には全てのOneCoinを換金することはできないようになっていた。いっぽうOneCoinのサイトに表示されるOneCoinの価値はどんどん上がっていったが、その価値がどのように決定されているのか誰にもわからなかった。

OneCoinは現金化も難しく他に使いみちもないため実際には価値は皆無に等しかったのだけれど、画面上でどんどん価値が上がるのを見て人々は興奮し、いつか自由に換金できるようになる頃にはさらに価値が上がると期待して世界175ヶ国の人たちがOneCoinを買い求めた。ところがマルチ商法が想定以上に大当たりして、コインが足りなくなる。元となるビットコインのコードと同じく、OneCoinのコードは一定の時間ごとに限られた数のコインが発行される(採掘できるようになる)ように設計されていて、その総数もはじめから決められている。ビットコインやその他の類似暗号通貨の支持者たちは、それらの暗号通貨はあらかじめ発行数が制限されていることにより恣意的な通貨発行は行われず、したがってインフレーションにより通貨の価値が損なわれることが防げると主張していたが、OneCoinは発行数を50倍に増やすために別のブロックチェーンに移行することを発表。

本来なら通貨流通量が50倍になれば(たとえば日本円は現在約1450兆円が流通しているが、もしそれが7京2500兆円に増えたら)急激なインフレが起き人々が保有している通貨の価値が暴落するはずだけど、OneCoinの価値は変わらないと主張、さらに「OneCoinの第一期を支えてくれたお礼」として全員が保有するOneCoinを倍にすると発表した。実際にOneCoin保有者がウェブサイトにログインしてみると、たしかにコインが倍に増えているだけでなく、サイトに表示された価格も上がり続けていた。ところが実際にはこの「第二のブロックチェーン」は存在しておらず、サイトが表示しているコインの価格にはなんの裏付けもなかった。また、制限付きながらコインの一部を現金化できたサイトは「さらにすばらしい」サイトに更新されるまでのあいだ、という口実で「一時的に」停止された。

もうどこからどう見ても詐欺であることが明らかなのだけれど、さらにIgnatova氏が失踪し、ほかの幹部もOneCoinから逃げ出したり(もともとマルチ商法をやっていた人たちは、破綻しつつあるマルチから逃げるのだけは早い)各国当局によって逮捕されたりしたにも関わらず、将来必ず儲かると信じ込んで財産をつぎ込んだ多くの人たちは後戻りできずに、OneCoinの販売は収まらなかった。その後の法的追求や被害者––ただし被害者の多くも周囲にOneCoinを売ったり販売員を勧誘した加害者になってしまっていたけど––の声、さらに調査班によるIgnatova氏の追跡についてまとめて本書は終わる。

本書が出版された次の週にFBIがIgnatova氏を「10大最重要指名手配犯」に追加したのは、本書が関心を集めた結果彼女が発見されるのを狙ってのことか、それとも本のプロモーションに協力しているのか。