Greggor Mattson著「Who Needs Gay Bars?: Bar-Hopping Through America’s Endangered LGBTQ+ Places」

Who Needs Gay Bars?

Greggor Mattson著「Who Needs Gay Bars?: Bar-Hopping Through America’s Endangered LGBTQ+ Places

アメリカ各地のゲイバーやそれに類似するビジネスをゲイ男性の社会学者が訪れオーナーらに対して行った取材をまとめた本。先日出版されたKrista Burton著「Moby Dyke: An Obsessive Quest To Track Down The Last Remaining Lesbian Bars In America」は米国に現在する(当時)22のレズビアンバーを巡る旅行記だったけれども、本書はそのレズビアンバーの一部を含むゲイやクィアの夜の溜まり場42箇所について書かれていて、同じレズビアンバーについてレズビアンとゲイ男性の著者それぞれの視点の違いもおもしろい。

本書の強みは、コロナを挟んで数年間かけて特にそれぞれのバーのオーナーに取材しているところで、コミュニティのためのスペースを提供しつつビジネスとしてゲイバーを続けていく難しさや現実的な制約についてよく分かること。かつてゲイバーといえばシス男性以外お断り、ドラァグクィーンやトランスジェンダーを排除するために年齢確認だけでなく「身分証明書の写真と本人のジェンダー表現がマッチしているか」まで基準として入場を断っていたところも多かったけれども、著者が訪れたバーのほとんどは女性やストレートの客を歓迎している、というよりアライの客が来てくれるおかげでビジネスとして成り立っている、とはっきり言うオーナーが多い。「Moby Dyke」にも書かれていたように新しいバーの多くは「ゲイバー」ではなく「クィアバー」だったり「ゲイがゲイたちのために経営している、みんなウェルカムなバー」といった自称を取るところも多い。

大都市の「ゲイが多くいる地域」にあるバーや田舎や地方都市にあるその地域唯一のクィアなバーから、さまざまなジャンル別のダンスフロアに特化したバー、ベアコミュニティやBDSMなど特定のサブグループに特化したバー、黒人やラティーノなど特定の人種・民族コミュニティが多く集まるバー、ドラァグクィーンやトランスジェンダーの人たちが多く出入りするバー、男性ストリッパーのショーを開催するバー、シス女性のパーティを歓迎するバーとそうでないバーなど、社会学者らしくさまざまな側面から多様なゲイバーを分類、それぞれのバーについての取材や著者自身が過去に通ったゲイバーでのエピソードなどを挟みつつ、ゲイバーってこんなにいろいろあるんだ、と再確認させてくれる。わたし自身、男性向けのゲイバーはなにかのイベントに連れて行ってもらった時以外行ったことがないので、中に入ったことはないけど外からみかけたことがあるポートランドやサンフランシスコやシアトルのゲイバーについて書かれた記述はとても興味深かった。

著者の取材を受けているオーナーの多くは長くゲイバーを続けている白人ゲイ男性たちで、かれらは自分のバーの顧客がどれだけ多様でいろいろな人種や性別、ジェンダーの人たちを歓迎しているか語るのだけれど、多くの場合実際にそうしたバーに集まる人たちがオーナーと同じ属性の人たちに偏っていることを著者は指摘。さらには人種やジェンダーの多様性を誇るオーナーたちが、その同じ語りのなかで女性やフェムや黒人やトランスジェンダーに対して差別的なことを口走ったり、従業員をセクハラしまくったりする現場を何度も目撃している。昔のゲイカルチャーの一部では差別的な発言がキャンプとして通用したり、相手の意志を確認せずに勝手に体を触るのが当たり前だったりした面もあったけれど、最近の若いクィアたちの多くはそうした古いカルチャーに違和感を感じている。

ゲイコミュニティの中の世代的なカルチャーの違いとともにおもしろいのは、オーナーたちがソーシャルメディアや出会い系アプリに対してどう対応しているかという話。匿名的なセックスを目的として不特定多数の相手と出会う場としてのゲイバーは出会い系アプリの登場により打撃を受けたけれども、最近ではアプリで出会った人たちが実際に顔を合わせる場としてもゲイバーが使われるようになっており、やや役割は変わりつつ盛り返している感じ。またコロナによりバーが閉鎖されたり入場制限が設けられた際は、ソーシャルメディアを通したオンラインイベントやブランド展開、バーを存続させるためのクラウドファンディングなどでもネットが活用された。

本書は終盤で非営利団体や協同組合によって運営されるゲイバーやストレートバーを含む大手企業の一部として存続するゲイバーなどさまざまな経営形態について取り上げたのち、アメリカ政府に史跡として認定されている二つのゲイバー、1969年に警察に対する反乱が起こったストーンウォール・インと2016年に銃乱射事件が起きたオーランドのパルス・ナイトクラブについて取り上げる。どちらも史跡として認定されている(後者はバイデンが2021年に認定)けれども民間が所有したままで、それが所有者による記憶の独占を許していることを著者は指摘、とくにパルス・ナイトクラブについては市が相場を上回る額で買収をオファーしたものの所有者がそれを拒否して博物館化を進めており、事件が起きたのは「ラテン・ナイト」の日であり被害者の多くがラティーノであったことを消去して「ゲイに対する暴力事件」としてのみ扱っていることなどを批判。

長めの本だけれど、ゲイコミュニティ内におけるフェムフォビアやHIV/AIDS危機への対応にゲイバーが果たした役割など紹介には書ききれないほど興味深い話題がたくさん。ちょっと天然ドジっ子の著者による「Moby Dyke」と並んでムッツリインテリの著者が書いた本書もぜひ読んで。あと最後の一文で「フェミニスト哲学者のカイリー・ミノーグによると『あなたのディスコはあなたを必要としている』」ってそれどーゆーオチw