Crystal Hefner著「Only Say Good Things: Surviving Playboy and finding myself」
2017年に亡くなった雑誌「プレイボーイ」創設者ヒュー・ヘフナーの三番目にして最後の妻だった著者による自叙伝。
ヘフナーはハリウッドに有名な屋敷「プレイボーイ・マンション」を設け、そこで毎週パーティを開いて多数の有名人や成功を目指すモデルらを集めていた。パーティでヘフナーの目にとまれば雑誌でフィーチャーされて人気を得る可能性があるし、ほかのプロデューサや芸能関係者に出会って仕事に繋げるチャンスもある。新人モデルとして活動をはじめた著者はある日、知り合いに誘われてプレイボーイ・マンションで行われるパーティへのオーディションとして自分の写真を送付、めでたくパーティに招かれる。
場違いにも感じられるパーティ会場で彼女は、何人かのほかの女性たちとともにヘフナーに選ばれ、寝室に案内される。60歳も年上のヘフナーといきなりセックスを求められて断りきれず応じた彼女はそれからも何度もパーティに誘われ、そのうちヘフナーに選ばれた女性の一人としてマンションに入居する。当時プレイボーイ・マンションではマンションに住むヘフナーと女性たちをテーマとしたリアリティ番組が撮影されており、著者もそれに出演、テレビ的に演出されたほかの女性との喧嘩や駆け引きなどが話題となる。しかし実際には許可を得なければ外出もできず、厳しい門限を課せられるなど居場所を常に管理され自由のない生活だった。2010年、番組のなかでヘフナーから結婚を申し込まれ、すでに有名人を集めた豪華な結婚式がテレビ的なイベントとして動き出していることを知った著者は断りきれず婚約に同意。しかしどうしても納得できない著者は許可を得て外出するたびに少しずつ荷物を持ち出し、結婚式の直前に逃亡する。
ヘフナーの元を離れ自由に生きようとするものの、助けてくれたと思った新しい恋人も自分をメディアで利用しようとしていただけであることが分かり、著者はヘフナーの誘いに応じてマンションに帰還する。それからヘフナーが亡くなるまでのあいだ、愛はなかったものの、あれだけ他人を支配することに固執していたヘフナーが老衰により力を失い、他人に頼らなければ生きられなくなっていくとともに、著者はヘフナーに対する愛おしさを感じ介護を続けた。そのあいだ、著者自身も体調を崩し長いあいだ苦しんだが、のちにそれはマンション全体に蔓延していたカビや豊胸手術の後遺症が原因であったことが分かる。マンションはヘフナーが亡くなる前に既に売却されており、ヘフナーが亡くなるまでは住むことができる契約になっていたが、かれの死後、著者はそこを追い出された。
ヘフナーは常々「自分については良かったことだけ語ってくれ」と話しており、それが本書のタイトルとなっているが、かれが亡くなったのはmetoo運動が広がったその年。性の解放を先導した改革者として記憶されることを望んでいたかれは、芸能界におけるレイプ・カルチャーの象徴となってしまった。著者はヘフナーのことをことさら悪く言おうとはしていないし、総合的に著者にとっても悪い経験ばかりではなかったのだけれど、彼女が良く知る一人の人間として描かれたヘフナーの背後にどれだけ傷つけられ使い捨てにされた女性がいるのか想像すらできない。日本の芸能界でも同様の問題が批判を浴びるようになってきているけれど、一つの時代の終焉を見て取れる一冊だった。