Brett Scott著「Cloudmoney: Cash, Cards, Crypto and the War for our Wallets」
ファイナンスの専門家が書いた、キャッシュレス経済に抵抗し現金の意義を主張する本。タイトルから、電子マネーは正義、暗号通貨はすごい、的なテクノユートピアな本かと思ったら実際には真逆で驚いた。お金のレイヤーを、政府や中央銀行が発行した硬貨や紙幣、それを記録した銀行口座のデータ、そしてそのデータからさらに派生したデジタルアカウント(クレジットカード、オンラインペイメントなど)の3つに分類。著者は、現金は古くて危険で(コロナ下ではさらに感染症を広める)汚いものだと決めつけ人々をキャッシュレスに移行させようとしている政治的・経済的な方向性を、監視資本主義のさらなる拡大と結びつけて批判する。キャッシュレスのさらなる普及によって経済全体を飲み込もうとする監視資本主義の側からみると現金はグリッチである、という指摘がおもしろい。
現金は不便、キャッシュレスは便利と言われているけれど、現金には匿名性や自由といった点でキャッシュレスにはない利点があり、通信網や電気が閉ざされても使えるためハリケーンなどの自然災害が近づくと人々は銀行から現金をおろしてきて緊急事態に備える。キャッシュレスでは金銭のやり取りをするたびにテクノロジーを提供する第三者に手数料を取られるばかりか、利用履歴をデータとして採取・売買されたり、第三者が望ましくないと考えた取り引き(たとえば、多くの州では合法化されているけれども連邦政府がいまだに禁止している大麻の売買など)は阻止される。国際援助機関などでは銀行口座を持たない途上国の人たちがオンライン決済を使ってお金のやり取りができるようになることを経済的な発展として奨励するが、伝統的な経済システムを破壊して先進国のIT企業に経済のボトルネックを押さえられることになっている点からは目を逸らす。
こうした批判に対してビットコインなど暗号通貨を推進している人たちは、中央集権的な既存の金融システムを分散化されたものに置き換えることによって特定の政府や企業が不当な権力を行使することを予防できる、と言うけれども、著者はそれに対しても批判的。そもそも現状ビットコインやその他の暗号通貨は資産であって通貨としては通用していないし、通用できるようなスケーラビリティもないよね、というぶっちゃけた話だけでなく、既存の金融業界が既に暗号通貨に大金を投じて自分たちのシステムに組み込んだり、法定通貨に担保されたステーブルコインや国家が発行する暗号通貨という形で採用が進んだ結果、サトシ・ナカモトが提唱したような純粋な暗号通貨は通貨としては広まらず、ブロックチェインを使っているだけで自由や匿名性の点ではこれまでの電子マネーと大して変わらないものしか定着しなさそうな雰囲気。
そんなこと言っても現金が今後もどんどんキャッシュレスに置き換わるのは止められないし、どうしようもなくね?っていう諦めはやめるべきだ、と著者は言っている。わたしも性労働者運動に関わっているから、10年くらいまえから性労働者が宣伝に使うサイトへの支払いがクレジットカードでは行えなくなったり、客からの支払いをオンライン決済で受け取れなくなったり突然アカウント停止されて残高を失ったりした人をたくさん知っているので(違法な売買春をしている人だけでなく、ストリッパーやポルノ出演者など合法的な性労働をしている人も被害を受けている)、キャッシュレス経済の弊害はよくわかるんだけど、現金の復権はインターネットが崩壊でもしないかぎりなさそう。