Angela Tucker著「”You Should Be Grateful”: Stories of Race, Identity, and Transracial Adoption」

"You Should Be Grateful"

Angela Tucker著「“You Should Be Grateful”: Stories of Race, Identity, and Transracial Adoption

白人家庭の養子として育てられ産みの親を知らなかった黒人女性が、自身も養子斡旋組織でコーディネータの仕事をしつつ、産みの親やその親戚を探し出し関係を築こうとする自叙伝。

米国では貧困や大量収監の問題などの人種格差を背景に、養子に出される子どもは黒人の子どもが多く、養子を受け入れる余裕のある家庭は白人が多い。また著名な社会学者ドロシー・ロバーツが「Torn Apart: How the Child Welfare System Destroys Black Families–and How Abolition Can Build a Safer World」などで指摘するように、単に貧しいせいで白人社会の基準で十分に子どもの面倒をみることができない黒人家庭を「子どもをネグレクトしている」と判定し、子どもの面倒をみることができるように家庭に対する支援を行うのではなく、保護の名目で子どもを親から引き離すことが恒常化している。それらの差別的な構造の結果、黒人家庭に育てられる白人の子どもはほとんどいないのに対し、著者のように白人家庭に育てられる黒人の子どもは一定数存在する。

著者を育ててくれた家庭は著者のほかにも多数の養子を引き取っており、周囲の偏見から守ってくれたし、彼女が産みの親を探すことも快く応援してくれるなど、人種の異なる養子であるからといって肩身が狭い思いをしないよう精一杯の努力をしてくれた様子。それでも彼女自身は白人コミュニティの中で育つうちに、自分は周囲の人たちとは違うことを意識するし、白人の親はどう頑張っても理解してもらえない部分も感じていた。彼女が産みの親を探し始めたのは、自分のルーツである黒人の家族やコミュニティとの関係を再建するためだった。また、自身が養子縁組によって産みの親との関係を断ち切られ、白人コミュニティの中で孤独を感じた経験から、彼女自身が養子斡旋組織に就職し、子どもが産みの親との関係をキープできる養子縁組のあり方を広めるとともに、子どもを養子に出す母親や白人家庭に育てられた黒人の子どもたちを支援しようともした。

著者がスタッフとして参加した、白人家庭に育てられている非白人の子どもたち向けのキャンプの様子もとても興味深いのだけれど、著者が自分を養子として売り込むために作られたプロフィール資料を取っ掛かりにさまざまな方法で産みの親を探し当てていくあたりからこの本は臨場感を増していく。詳しくは述べないけれども、はじめて会った父親とその家族は自分が娘だとすぐに認めてくれたけれど、せっかく見つけた母親(父親とは結婚しておらず長年疎遠)は彼女を拒絶。産みの家族はやむを得ず自分を養子に出したけれど本当は愛してくれていたに違いない、という期待は打ち砕かれる。しかし同じ母親から生まれた姉と出会い、一年後には産みの母からのコンタクトが。

産みの両親の家族に迎え入れられて、自分はかれらのように黒人の家庭で黒人の家族に囲まれて育ちたかったと感じる著者。しかしかれらは、コミュニティはあったけれども貧困に喘ぎ、十分な医療も受けられないまま、多くの疾患を抱えていた。両親はともにホームレスだったり深刻な精神疾患を持っていて、もしかれらに育てられていたらいまの彼女のように十分な食事や衣服を与えられることも、必要な教育や医療を当たり前のように享受することもなかったはずで、かれらから見るとむしろ彼女のほうがラッキーに見える。貧困や差別や子ども保護行政の不公平な運用を通した黒人コミュニティ・黒人家庭の破壊と白人コミュニティによるリソースの専有という不公正が、「恵まれない子どもを救う養父母の無償の愛情」という物語で覆い隠されてしまう理不尽。

国際的あるいは国内の養子縁組で非白人の子どもが白人家庭で育てられることについては、かつてわたし自身ブログで『「完璧な愛」が隠蔽する国際養子制度の帝国主義的歴史』という記事を書いているのでそちらも参照。