Linda Babcockほか著「The No Club: Putting a Stop to Women’s Dead-End Work」

The No Club

Linda Babcockほか著「The No Club: Putting a Stop to Women’s Dead-End Work

女性やその他のマイノリティが職場で「キャリア向上に繋がらない作業」(NPT)を過剰に担当させられる現状を分析し、そうした状況に置かれがちな個々の女性やマイノリティを支援しつつ構造を変革するためのガイドブック。タイトルの「The No Club」というのは、カーネギーメロン大学のフェミニスト経済学者であるBabcock氏が、学内のさまざまな委員会やコミュニティ向けの講演、学生のサポートなどNPTの依頼を断れず、自分のキャリア向上に繋がる研究の時間を削ってもなお私生活に影響が出てしまっている自分の現状に気づき、同じような悩みをかかえていそうな知り合いの研究者や専門職の女性たち4人を誘って結成した「Noと言えない人の会」が発端。そのうちお互い支え合って受けるべきNPTとそうでないものの区別がつけられるようになり、Noと言うのがうまくなったため、「Noの会」に改称した。

NPTとは、組織を円滑に運営するには必要だったり、必須ではなくとも何らかの役割を果たしているけれども、その作業を行っている個人のキャリア上の評価にも、将来役に立つスキルや人脈の取得にも繋がらない業務。たとえば社内の会議で発表したり議論に参加することは評価に繋がる(PT)けれども、発表の資料をコピーして配ったり会議の記録を取ることは(それが本来の職務でない限り)評価には繋がらない。新人の教育や職場のクリスマスパーティの企画を任されることなども、そのために本来の業務や顧客のために使う時間が減るとしたら本人のキャリアにとってはマイナスになる。大学ではさまざまな学内の委員会において「多様な意見が必要だ」として女性やマイノリティの比率を上げようとしているけれども、そもそも女性やマイノリティの教員の割合が少ないのにそれ以上に委員会における女性やマイノリティの比率を上げようとしたら、白人男性に比べて女性やマイノリティの教員への負担が大きくなる。

著者らは多数の研究から、仕事のうちNPTが占める割合は多くの業種において女性のほうが男性より高く、女性たちのキャリア形成に悪影響をもたらしている、と指摘する。著者らがゲーム理論の調整ゲームや公共財ゲームを使った実験で検証したところ、男性に比べて女性のほうが上司によってNPTを依頼される割合も依頼を受ける割合も高いだけでなく、直接依頼されなくともボランティアを募った際に女性が志願する割合も高い。というより女性は依頼を断らないと思われているからこそ依頼されやすく、また依頼を断った場合のペナルティも男性が断った場合より重いわけで、誰がやってもいい業務は「女性がやる」ことがナッシュ均衡になってしまっている。

つまり女性がNPTを多く担当することは規範となっており、個々の女性が「断る勇気」を持つことでは解決に繋がらない。というか、著者たちのようにそれなりに地位のある女性なら過剰なNPTを断ることができるのかもしれないけど、一般の女性労働者たちは男性の同僚のコーヒーをいれるのを拒否するだけでもペナルティを受けかねないし、だいいち個々の女性が勇気を振り絞ってNPTを断っても、より地位の低い女性がそれを押し付けられるだけになる可能性が高い。性別や人種に関係なくNPTを平等に負担するような職場を作るためには職場改革が必要だし、それは人材をより効率的に采配することにも繋がり職場全体の利益にもなる、として具体的な提案をしつつ、個人としてもより自分の興味に沿うようなNPTを選び、PTとNPTのバランスを取る方法が紹介されている。まあ具体的には本書を読んで欲しいのだけれど、NPTという概念を聞けば大抵の人は「ああ、あるある」と思い当たると思うので、そこから議論を一歩進めるのにこの本は役に立ちそう。