Kathryn Judge著「Direct: The Rise of the Middleman Economy and the Power of Going to the Source」

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Kathryn Judge著「Direct: The Rise of the Middleman Economy and the Power of Going to the Source

ファイナンスの専門家でもある法学者の著者が、生産者と消費者のあいだを繋ぐミドルマン(中間業者)の大きくなりすぎた役割と力について警鐘を鳴らし、より直接的あるいはミドルマンの少ない取り引きを増やすよう消費者や政治に呼びかける本。著者はファイナンスで働いていた経験から、当初は投資をより安全にしより多くの人たちが住宅ローンを組めるようにしたと評価されていた「住宅ローンの証券化(および再再再再〜証券化)」が借り手と貸し手の距離を引き離し、最終的に2008年の金融危機を起こしたような不透明性と経済全体を揺るがすリスクを生んでしまったことを指摘したうえで、ファイナンスだけでなくほかのさまざまな市場においても生産者と消費者の距離が広がってしまったためシステミックなリスクが生まれていると主張する。

昔の、というか商用インターネット黎明期のWIRED誌周辺では「ディスインターミディエーション」というバズワードが持て囃され、「インターネットの登場により生産者と消費者が直接繋がれるようになり中間業者は駆逐される!」的なことが言われていたけれど、実際にインターネットが生み出したのは単に大きな販売業者という枠を超えた、双方向市場(売り手から仕入れて買い手に売るのではなく、買い手と売り手をそれぞれ顧客として双方を繋げる市場)プラットフォームを提供するアマゾンのような独占企業だった。アマゾンやそれに類するさまざまな業界における支配的な中間業者はその影響力を利用して買い手と売り手の双方からほかの選択肢を遠ざけ、とくに売り手の側に厳しい条件を突きつけている。

そのアマゾンで商品を販売する生産者にしても、アマゾンからの値下げ圧力に応えるために、直接工場を建て人を雇って商品を生産するのをやめ、中国などにある工場に発注して生産された商品をアマゾンの物流センターに送り届ける業態になっているものが多い。そういう意味ではそれらの企業もある意味生産者から中間業者の一種に変貌しており、中間業者が増えるとともにサプライチェーンが長くなっていく。その結果、生産者と消費者との関係はさらに希薄になり、実際に生産に関わる労働者の待遇や環境への負荷などが見えにくくなるし、なにか問題が起きたときのリスクが広がってしまう。たとえば昔であればどこかの農場で生産された野菜や肉に細菌感染が起きた場合、どこのどの製品が感染源なのか突き止めるのは簡単だったけれども、多数のサプライヤーから集められた野菜や肉をパッケージして各地に発送する中間業者が多数存在する現在、それも難しくなっている。そして現在、コロナ危機をきっかけにサプライチェーンの混乱が世界中に巻き起こり、世界的なインフレの原因にもなっている。

2008年の金融危機と現在起きているインフレや経済的な混乱のあいだに「市場における中間業者のプレゼンスの肥大化」を見出している点は納得なのだけれど、本のなかでミドルマンの弊害と寡占的プラットフォームの弊害、双方向市場の弊害がごちゃまぜになっていて、たとえばあくまで販売業者であるウォルマートと販売業者でありながら双方向市場プラットフォームでもあるアマゾンは大きく違うように思うのだけれど特に区別されていないし、あるいはアマゾンの弊害について説明するなかでプラットフォームの影響について書かれているけれどもフェイスブックやグーグルのようにアマゾンと並んで批判されているプラットフォーム企業については取り上げられていない。

著者はミドルマンの影響を減らすために、消費者として生産者から直接買ったり、より生産者に近い市場から買うなどの工夫を求めるとともに、政府がそうした取り組みを支援し、大きくなりすぎたプラットフォームの独占的行為を規制するべきだと主張している。著者が例にあげるのは、農家に対して年会費を払ってできた野菜をもらう仕組みや、農家から直接買えるファーマーズマーケット、手作りクラフトの作り手を応援していたかつてのEtsyや、非営利団体や基金に寄付するのではなく直接困っている人を支援するためのGoFundMeなどお金を払う側と受け取る側が直接繋がれるプラットフォームの利用などだけれど、実際のところEtsyもeBayも個人間の取り引きという当初のテーマからは離れてしまっているし、GoFundMeやP2P投資は社会的バイアスにより有利不利があって社会的不公正を拡大してしまうという問題がある。消費者としてより生産者に近いところから買うという提案は魅力的だけれど限界があるので、結局、労働条件や環境保護、そして独占禁止のための政府の規制が必要っぽい。