David Daokui Li著「China’s World View: Demystifying China to Prevent Global Conflict」

China's World View

David Daokui Li著「China’s World View: Demystifying China to Prevent Global Conflict

ハーヴァード大学で学んだ中国人経済学者であり、中国政府や国内外の企業・国際機関のアドバイザーとしても活躍する著者が、欧米で広まる中国脅威論に反論し、中国の躍進は世界にとって有益だと論じる本。

中国は世界第二位の大国だが、アメリカに取って代わって覇権を握ろうとするような意志も能力もない、というのが著者の中心的な主張だが、それを説明するために本書は中国の歴史、政治、行政、教育、経済、メディア、その他さまざまな分野について中国のエリートが抱く自己像を解説する。歴史的に中国の歴代皇帝は周囲の国とのあいだに冊封体制を築いたが、元や清のような異民族政権の時代を除いては他国を侵略し軍事的に支配する方針を取らなかった。それは中国という呼称からわかるとおり自分たちこそが世界の中心だという意識があり、世界の隅々まで支配を及ぼそうとする必要を感じなかったからだと著者は説明する。またソ連やアメリカと異なり他国に中国の政治体制やイデオロギーを輸出しようという意志も持たず、たとえば中国にとって一番の同盟国であるパキスタンとは文化も政治体制もまったく異なるが気にしていない。過去にロシアに奪われた広大な領土を取り戻そうとはしないのに台湾の領有にこだわるのは、それが中国共産党が誕生した当時の歴史的屈辱(アヘン戦争から日本による侵略につながる帝国列強との戦い)に関連しているからだが、中国は儒教文化のもと実利より名誉を重視するので、台湾が中国の領土であるという建前さえ守られればそれで良しとする、と説明。経済的にも中国は世界に貢献しており、とくに気候変動など環境問題については近年さらに積極的になっているほか、中国との競争を名目として欧米では教育や科学研究の予算が増やされているなどの良い影響も与えている、と著者。

中国の政治体制は適度に実力主義や地方分権、民主主義ではないものの市民の不満を汲み上げ応対する仕組みが張り巡らされており、多くの人々の支持を得ている。政府に対する批判も一定のラインを守っている限り可能だし、海外の「有害な」インターネットサイトやサービスは遮断されているもののエリート層は普通に本来は違法なVPNを使って海外の情報にアクセスしている。各界の指導者の多くは海外で教育を受け、また外国で出版された書物をよく読んでいるので、情報遮断により方針を間違える危険も少ない。監視技術の採用もきちんと犯罪捜査などに使われていることを市民が理解し容認しており、中国で発達した監視技術の輸出を危惧する声にも「監視技術の是非は使い方による、そもそも兵器輸出をしている国が何を言っている」と反論。

中国はかつての日本のようにバブルが破裂して世界経済に混乱をもたらすのでは、という懸念に対しても、中国はまだ相対的には貧しく経済発展する余地があること、バブルの危険を認識した政府が適度に経済に介入してメンテナンスしていることなどを指摘。そもそも日本のバブル崩壊はアメリカが貿易戦争を仕掛けたりして意図的に持っていったところもあるよね?と言うけれど、そのアメリカが現に中国に貿易戦争を仕掛けはじめている点についてはどう思うのか気になる。まあ中国市場はバカでかくて日本に比べてアメリカ市場への依存度は低いし、ファーウェイもなんとかやってるし大丈夫ということなのか。

中国が自ら対外戦争を仕掛けることはない、と言うけれども、台湾が独立しようとしたら話が違う、アメリカと戦ってでも独立を阻止すると言っていて、その脅しがいまのところ効いているけれど、不安は残る。また本書ではウイグル人に対する民族浄化やチベット人の抑圧には触れておらず、というか、仮に中国政府の主張を支持する立場であったとしてもそうした話題を文字にすること自体が清華大学教授である著者にはリスキーなのだろうと思う。トランプ政権は中国を頻繁に批判したけれども、トランプが習近平個人に対してはリスペクトしていたことを中国政府は評価しており、著者がコラムなどでトランプの名前を挙げて批判することができなかった(名前を出さなければ批判できた)というし、以前アメリカの大学に来ていた中国人の客員教授が学生新聞のインタビューで台湾を「国」と呼んだみたいな記事を載せられてめっちゃ焦っていたのも見たことがある。著者は孔子学院に対する批判についても、あれは中国語学習や中国文化を広めるためのものであり中国の政治体制を褒めたり輸出したりしようとはしていないよ、と反論するのだけれど、実際のところ孔子学院が批判されたのはチベットやウイグル、台湾についての学問的な扱いを妨害しようとするからだ。こうした問題については、本人が中国政府のスタンスを支持しているのかそれとも内心では批判的なのかに関わらず、それが論点であることを認めること自体が中国政府にとってまずいことが想像できる。

そのような限界があるとはいえ、中国のエリート層が自国についてどう認識しているのかよく分かるし、中国は日本の二の舞いにはならない、という部分はおもしろかった。また、これだけ欧米の事情を熟知した著者が、これだけ多岐にわたって中国社会のあり方について説明しながら、欧米で関心を持たれているのにあえて触れないトピックは、すなわち中国のエリートとして触れることすらできないエリアなのだろうと理解できた。