Barbara F. Walter著「How Civil Wars Start: And How to Stop Them」

How Civil Wars Start

Barbara F. Walter著「How Civil Wars Start: And How to Stop Them

トランプからバイデンへの平和的な権力移行が危ぶまれた2021年1月の連邦議事堂占拠事件から1年が経ち、アメリカにおける民主主義の危機や内戦の可能性について論じられている本が何冊か出ているけれど、そのなかでも世界各国で起きる政治的暴力の研究で著名な政治学者がふだん他国に対して採用している分析手法をアメリカに適用した本書を最初に手に取った。まあ政治学って当たり前のことにごちゃごちゃデータや理屈を付けて当たり前に説明するパターンが多い学問だと思うんだけど、結論を言うと「アメリカ、結構やばい」。もちろん現在のアメリカにおいて、過去の南北戦争のように一定の地域が国を割って組織だった軍隊同士が争うかたちの内戦は起きそうにないけど、武装した勢力が各州の議事堂や重要施設やマイノリティコミュニティに対するテロや占拠を繰り返すかたちの内戦の危険は高まっていると著者は主張する。

本書で主に採用されているのは、世界各国の政治体制を完全な専制主義(-10)から完全な民主主義(+10)までのスコアを付けて評価するPolity Scoreと呼ばれる指標。これには選挙の公正性や競合性、市民の政治参加の自由、最高権力者の権限への制約などをもとに算出され(詳しい算出方法は最新バージョンPolity5のマニュアル参照)、-10から-6までが専制、+6から+10までが民主主義と定義される。その中間の-5から+5までをアノクラシーと呼ぶ。この指標では奴隷制があり黒人や女性の参政権がなかった19世紀初頭のアメリカが民主主義とされているなど欧米中心主義的な価値観を元にしていることが批判されているものの、トランプ政権になってからアメリカのスコアが低下を続け、トランプが2020年の選挙結果の受け入れを拒否してからはアメリカの政治体制は約200年ぶりに「民主主義」から「アノクラシー」へとランクダウンしたことが話題になった(バイデン就任後スコアは8まで上昇し、アメリカの民主主義は復活したとされる)。

イラク、ジンバブエ、シリア、ユーゴスラビア、ジョージアなどの例を挙げながら著者は、内戦が起きやすい要因をいくつか挙げていく。たとえばアノクラシーそのものが必ずしも不安定だというわけではないが、専制主義や民主主義からアノクラシーへ移行するタイミングは特に危険だという。独裁者ティトーによって強引にまとめられていたユーゴスラビアが冷戦終結後に数々の内戦を経てバラバラに分解されてしまった例は有名だし、現在ではウクライナがヨーロッパとロシアのあいだだけでなく民主主義とアノクラシーのあいだを行き来していて危険な状態。次に国民が人種・宗教・階級・文化といった複数の対立軸が重なる形で分断されている状況が危険。たとえば人種対立と階級対立が同時にあっても、それらの対立軸が重なっていなければ、異なる人種にも階級的に連帯する人がいたりするので、内戦にはなりにくい。米国の場合、保守とリベラルが政治思想的に分断されているだけでなく、それが白人/非白人、都市/田舎、キリスト教/それ以外か無宗教、といったさまざまな分断と重なり合わさっている。最後に、内戦を起こすのは必ずしも現体制において差別されたり冷遇されている側ではなく、「自分たちこそこの国の正当な主人であるのにその地位が脅かされている」と感じる人たち。アメリカは白人の国と思っていたのに、黒人が大統領や副大統領に選ばれたばかりか近いうちに人口の多数派から陥落するとされているアメリカの白人たちがこれに当たる。

こうした危険を回避するために、アメリカはどうすればいいのか。著者はソーシャルメディアに分断を深めるフェイクニュースや過激な差別・暴力教唆を取り締まるよう求めるとともに、政治参加の権利をきちんと保証して、多くの人々が抱えている経済的・社会的な不安に政府がきちんと応えるべきだと主張する。いやだから言ったでしょ政治学って当たり前のことを当たり前に言う学問だって。著者は現在のアメリカよりはるかに危険な状態にあった時代の南アフリカでアパルトヘイト撤廃と民主的な権力移行を実現させたフレデリック・デ・クラークとネルソン・マンデラ両大統領を挙げてリーダーシップの大切さを主張するけど、バイデンにはちょっと荷が重いよねこれ…