Dan Ariely著「Misbelief: What Makes Rational People Believe Irrational Things」

Misbelief

Dan Ariely著「Misbelief: What Makes Rational People Believe Irrational Things

ベストセラーとなった「予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす『あなたがそれを選ぶわけ』」いらい多数の著作が日本語にも翻訳されているけどここ数年は研究不正の話題でお騒がせしている行動経済学者ダン・アリエリーせんせーの新著。本書はあんまり行動経済学とは関係なくて、Qアノンやコロナ陰謀論など不合理な主張を人が信じてしまうメカニズムについてさまざまな側面から論じる内容。

嘘や不合理さについての研究で知られる著者だけれど、このトピックに取り組んだ理由は個人的な経験に基づいている。2020年、コロナウイルス・パンデミックが広がるなか、著者は知人から送られたメールによって、自分がビル・ゲイツやアンソニー・ファウチらと組んで人類に敵対しているイルミナティの陰謀の中心人物の一人としてネットで批判されていることを知る。ビル・ゲイツみたいなお金持ちでもファウチのような重要人物でもない自分がなんで?と思うも、ゲイツ財団や各国政府にアドバイスをするなどした過去の関わりや言葉足らずの発言などが次々掘り起こされ、人類への敵対者として糾弾されていることに著者は驚愕する。しかもその中には、かれを直接知る人たちも含まれていた。

以前はまともだった人たちがどうして突然こんな無茶苦茶な陰謀論を信じ込んでしまったのか疑問に思った著者は、誤解を解こうと陰謀論者たちが集まるプラットフォームに動画を投稿したり、直接コンタクトを取って話をしたり、ときには陰謀論者のポッドキャストに出演してインタビューを受けたりしたけれども、まあ当たり前のことながら誤解は一切解消せず、動画やインタビューは切り貼りされてさらに陰謀論を拡散するために利用される。で、こりゃダメだと思って動画を消したら消したでまた「都合が悪かったからだ」と大騒ぎになる…といった形で、いろいろやらかしつつ、「陰謀の渦中の人物」として陰謀論を拡散している人たちとやり取りしているのはおもしろい。

人はどうして荒唐無稽な陰謀論を信じてしまうのか、という疑問に対しては、パンデミックによるストレス、個々のパーソナリティとの関連、人の認知ヒューリスティック、などまあここ数年で既に語り尽くされたような研究が紹介されていて、それ自体に目新しさはない。でもいいの、陰謀論への親和性とパーソナリティの関連について調査しようとして陰謀論サイトに広告を出したけど信用されなくてほとんど誰も回答してくれなかったとか、著者のドタバタがおもしろいんだから。

最後の方に書かれている、社会的な信用の崩壊がさらなる不信を呼び起こす仕組みについての記述は良い。たとえば政府はワクチンの副作用を調べるために、ワクチン接種後に起きた反応をワクチンが原因かどうかを問わず誰もが登録できるシステムを運営しているけれども、陰謀論者たちがそのシステムから不自然に削除されている情報があることを発見。著者が政府の担当者に聞いてみると、外国政府の工作機関がデータベースの信用性を損なうために組織的におかしな情報を登録しているのでそのように判定されたものを削除している、とのことだけれど、それを陰謀論者に伝えると「なんでどの情報をどういう理由で削除したのか公開しないんだ」と。いっぽう担当者は、アメリカ政府が外国政府の工作をどの程度検出しているのか、どういう理由で工作だと判定したのか、詳細をその外国政府に知られたくないから公開しないんだ、という説明。ほかにもこのデータベースにはいくつか問題があるのだけれど、メディアはそれを知りつつ「そんなことを報道したら陰謀論者が曲解して陰謀論を拡散するために使うから」と報道を避けがち。政府もメディアもフェイク情報の拡散を止めるための努力をしているのだけれど、そうした努力が結果的に政府やメディアに対するさらなる不信を広げる方向にはたらいてしまっている。不信のスパイラルを止めるためには、権力を持つ政府やメディアの側が特に悪用されることがあっても信用に足る透明性を供給し続ける必要がある。

人類が生存のために進化によって獲得した、糖分や脂肪を欲求するような嗜好が現代社会では不健康の原因となるように、人類が進化によって獲得した脳の仕組みや認知ヒューリスティック、社会性などは現代社会ではフェイク情報や陰謀論に付け込まれる弱点となっている。著者は、陰謀論に足を踏み入れた人たちを孤立させないなどの社会的な対応と、フェイク情報や陰謀論が拡散されにくいような情報環境のデザインなどを通した対応の両方に期待を寄せる。